若い頃、バンドを組んでいだ。私はドラム。ドラムを始めたのは高校時代−女子高生にもてそう、と思ったからだ。さて、そのバンド。どういうわけか、私は「暴走する」ドラマーだった。つまり、きちっとリズムをキープしないドラム。自ずと曲が終わらなくなり、テープ切れみたいに突然終了。そして、バンドもあえなく解散。

それから、20数年。また打楽器を始めた。ドラム? 驚くなかれ、小鼓ですぞ、小鼓。能楽で囃子方を努める楽器です。素敵な先生(先生のブログも面白い)についてもう二年になる。今年初めには、発表会もどきにも出してもらった。いやぁ〜面白い!!

お謡が始まり、所定の場所で、小鼓を構える。小鼓の音色はそんなに種類が多いものではない。この楽器は、2枚の馬皮と、桜の木をくりぬいた胴を、調緒(しらべお)と呼ばれる麻紐で緩く組んである。左手で持って右肩の上に構え、右手で打つ。調緒を緩めたり締めたりすることで数種類の音色を打ち分けることが出来る。モノトーンな音、しかし恐ろしく奥深い。両手の動きと絞り出す様ような掛け声が、能の空間を作り上げる。

私が、何の違和感を持たず、小鼓そして能の世界に馴染めたのは、1人のミュージシャンに強く影響を受けている。その名は、エリック・ドルフィー。若くしてこの世を去ったジャズサックスの巨人だ。彼のバスクラリネットから繰り出される過剰なまでの音色。疾走するアルトサックス、そして極めて日本的なフルートの囁き。彼の音楽は決して聴きやすいものではない。むしろアナーキーで、過激だ。しかし、その理想の音を求める姿は、まさに求道者の姿だった。その姿に、小鼓の、能のストイックな求道者的な世界はぴたりと重なった。だから、違和感も難しさも感じなかった。

さて、明日も「いよ〜」ポン(小鼓の音色です)で行ってみよう。(店主)


Tagged with: