一冊の本が届いた。                                                                     タイトルは「歩きながら考えるstep6」だ。縦横15cmぐらいの小さな版だが、中身は大きい。

 特集は「混沌を知って、私たちは野生にかえる」。人という生命体に棲む野生を、いろんな視点で考えた特集だ。その中に、宮沢賢治の「農民芸術論網要」が載っている。一時期、宮沢賢治にどっぷりはまりました。彼の言葉は、麻薬みたいなヤバい感じがあって、幻惑されていると、もう逃げ切れない。しばらく読んでいないと、あ〜あの言葉をおくれ、と禁断症状に苦しむことになる、危ない作家です。その彼の作品としては地味な「農民芸術論網要」。「風とゆききし、雲からエネルギーをとれ」、「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行く事である」とか示唆に満ちた文章の宝庫を他の書き手の文章と違和感なくマッチさせた編集センスの卓抜さ!

「歩きながら考える」は、いうところのミニプレス。通常の流通ルートを通さず、自主独立して歩んでいる。こういう手作りの本を手にすると。30年前のあの時を思い出す。

その頃、京都新京極に若者向けのファッションビルができ、その4階に大きなレコードショップ(CDはまだ、世に出ていません)が入店し、そこの店長に着任した。しかし、まぁ〜売上の悪いこと、悪いこと。そんなある日、「略称連続射殺魔」と称するバンドのメンバーが、自分たちのレコードを置いて欲しいと言ってきた。どの店でも断られたんですと悲壮感が漂う。こちらは、売れるもんなら何でも良いと、溺れる者藁をも掴む気分だったので、受け入れた。                

 しばらくすると、あちこちから噂を聞きつけ、多くの作品が集まってきた。本来、聖子ちゃんや、おにゃんこ倶楽部のポスターを貼るスペースも、メンバー募集の紙やら、ライブチラシ、小冊子で埋め尽くされ、毎日ギター小僧で店内は溢れかえり、ついには音楽好きの全国の修学旅行生のマスト立寄店にまでなってしまった。パンク小僧たちから自主製作の牙城、あのおっちゃんなら売ってくれると信頼されました。

 色々ありました。昭和天皇死去の時、渋谷のラブホテルのカップルの盗み撮りの声とノイズをサンプリングし、ジャケットは天皇の顔を使用したとんでもない作品を出して、こわ〜いお兄さんに睨まれたり、修学旅行生の買ったシングルのジャケットの超あぶないデザインに先生が激怒し、売り言葉に買い言葉で殴り合い寸前までなったり、地元バンドがレコードの表紙に金属バットで一家惨殺した事件となった家の写真を使用したため、発売中止に追い込まれたり、国粋主義的パンクバンド?が、中国人排斥の小冊子を出したりとスリルに満ちた日々でした。 

でも、店内を見回し、あんな音楽、こんな音楽もありなんや、こいつ無茶言うけど、一理あるやんみたいに多くの表現が、拒否されずに漂い、皆がそれぞれ取捨選択して、お互いを排斥せずに自分達で楽しんでいる風景というのは素敵でした。

 あんたの音楽わからんけど、音楽やってんやし、みんな仲よ〜しようなぁ、ぺちゃぺちゃしゃべったらええとこも解るさかいなぁ〜、というのが表現の自由を守ることなんだ、と教えてくれたのがこの時代の無数の音楽小僧と膨大な自主製作作品でした。そういう意味では、レティシア書房で、ミニプレスという名の「自主製作」の作品を積極的に置いてゆこうとしているのは、私の原点への復帰なのかもしれません。(店主)

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