「エイリアン2」に続いて、またまたブログに、キャメロン監督の登場である。               89年異星人コンタクト映画「アビス」を発表する。SF海洋冒険映画としては、前半は100点、後半はー100点で、0点の映画。映画館で観た時は、一気にボルテージが上がった瞬間、真っ逆さまに奈落に落とされるという貴重な体験をした映画でもある。(その点、DVDで観る時はいいです。100点部分の最後で止めれば、100点のまま映画は終わり。)

 お話は、深海で正体不明の移動物体を追跡していたUS潜水艦が沈没。核弾頭を回収にきた軍人が、その深海に生息していた異星人に恐怖を抱き、核攻撃しようとするのを海底で作業していた石油発掘チームが防ぐというもので、脚本もキャメロンが書いている。で、ヒーローの石油発掘チームのリーダーの、離婚間際の女房が、この基地を作った技術者で映画のヒロイン。これが、もう嫌な女!!仕事も出来るし、度胸も抜群なのだが魅力0。今から、海底に潜るのに、ハイヒールにタイトスーツなどという都市型キャリアスタイルで登場するところから嫌み。鼻息は荒いし、言いたい事は怒鳴り散らすで、「やかましい!」と一喝したくなるのだが、これは当時のキャメロン夫人の映画プロデューサー、ゲイル・アン・ハードに対する夫のイメージだったのではないのか。つまり、これぐらいの馬力がないと、ハリウッドマッチョ社会で女性プロデューサーが生き抜くことなど不可能に近かったはず。          

 にしては、愛情のある描き方には見えない。内向的で、ぐじぐじ悩むキャメロン(と勝手に思うのだが)は、妻への愛情と尊敬と、あぁ〜こんな女と一緒にいたら窒息するという恐怖がごちゃ混ぜになり、いっそのこと、深海に葬ってやろうかと、何度も脚本を書き直した(と勝手に推測)。そのために、映画は迷走し、あげくにスピルバーグ作品「未知との遭遇」の愚劣なトレースに終止し、つまんないハッピーエンドを見せつけられる。

 しかし、後半一つだけ学んだことがある。核弾頭を回収すべく、特殊な潜水装置を装着して深海に降りてゆくヒーローが、その深海の恐怖で意識を失いかける。その時、基地にいたスタッフが、ヒロインに何か話して、意識を失わないようにとアドバイスする。字幕では「話して」、そして原語は”speak”。彼女は、深度は何、温度は何と情報を伝達する。側にいた女性スタッフがこう言う。「違う!話すのよ!」と。英語は”speak”ではなく”talk”。  なるほど、真実を告げたり、伝えなければならない真理を口にすることを”talk”と言うのか。この女性はヒロインにこう伝えたのだ、「虚飾を捨てて己の真実を話なさい。今がその時だ」と。しかし、この後がいかんのだ。あ〜やっぱり貴方を愛していました、私の大事な人と、今時の歌手でも赤面して歌えないようなフレーズを連発する。このハリウッド的ご都合主義に私の心はこの深海より冷えてしまった。

 金欲、性欲、権力欲の亡者が跋扈するジャングルのごときハリウッドを、そのしぶとさと強かさで生抜く女性を好きになるキャメロンの気持ちはとても理解できる。でもね、あんたにゃ荷が重いわ、ともし彼が私の友だったらそう忠告する。しかし、彼は懲りない。90年、新しい恋人キャスリン・ビグロー監督第二作「ハートブルー」に製作者とし参加し、彼女の映画製作に涙ぐましい献身をする。そして、後年彼女は、キャメロンを見事踏み台にして、「ハートロッカー」でアカデミー賞をごっそり頂く。(この当たりの事は以前のブログをご参考に)

その後、キャメロンは、この手合いの女性に懲りたのか、浮いた話は聞かない。しかし、近年の作品「タイタニック」や「アバター」がスケールの割には、物語としての迫力には欠けているのはどうしてなんだろう。やっぱり、彼には強い女性が必要なのか? 可哀想なキャメロンではある。(店主)

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