ぐっと、睨んだ顔で「この、ばかものが!!!」と一喝するのは映画「日本のいちばん長い日」(67年東宝)の島田正吾。高校の日本史の教科書なら「ポツダム宣言受諾」の一行で書いてある部分を、受諾までの数日間を、おそろしくドキュメンタリータッチながら、サスペンス映画として仕上げた作品で、島田は終戦決定を受け入れる近衛師団長を演じている。彼の所にポツダム宣言受諾を不服とする血気盛んな陸軍将校が、皇居を占領し、本土決戦を敢行する反乱の先頭に立って欲しいと要請にくる。そこで発せられるのが、この一言。

 

 もう一人、欲望渦巻く医学部付属病院の内情を描いた映画「白い巨塔」(66年大映)で加藤嘉が演じた難波大学大河内教授。医学部の教授選考で便宜を図ってもらうに賄賂のお金を持ってやってきた医師会の連中に、その金を投げ捨て、この無骨で、清廉潔白な老教授が「馬鹿者が、恥を知れ!」と一喝する。

 両者とも、超ドアップで、唾が飛んできそうな勢いで「ばか者」のセリフを発する。いや〜その怖い事。しかし、カメラはこの二人の人としての尊厳を捉える。その鋭い視線にさらされた時、役者のスクリーンでの演技であることを離れ、私自身がその場で、その時々の矮小な己の心持ちや、未熟な自分自身を木っ端みじんにされる錯覚に見舞われる。圧倒的に強力な存在に、罵倒されるサディステックな快感って、中途半端な慰めや癒しの下劣さに比べれものにならないほどに、良きものだ。

 そして、この二人の反面教師の存在として忘れてはならないのが、金子信雄が「仁義なき戦い」(73〜74年東映)シリーズで演じた山守親分。宮沢賢治の詩的に言えば、「東に、いい女いれば、お尻をなで回し、西に弱っている人いれば、徹底的に痛めつけ、南に甘い利権あれば、吸い付き、北に権力者いれば、猫なで声で近づく。」と人間の卑猥さを丸ごと抱えた人物。私は、この人の弱気を挫き、強気を助ける哲学に傾倒し、常々愛犬にも自分より小さき犬には高飛車に、大きな犬には平身低頭するように教育している。

 人は何処まで行っても、矮小で猥雑、卑劣な存在だ。少々お勉強して賢くなったり、お仕事して世間で一人前と言われても、根底は変わらない。山守親分はその事を教えてくれる。そしてその真実を忘れて、高慢になった時、師団長や教授は現れ出で、この馬鹿者と浴びせかけられる。だから、私は人様に高慢不遜な態度を取れないし、何がしかの社会的能力が劣っていても、所詮人間は愚劣なもんだと思っていれば気にもならない。

 いい教師を持てて誠に幸せものだ。(店主)

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