「これからは、金持ちより時間持ちだよ」

いい言葉ですね。たまたま、見ていたTV番組から流れてきた言葉です。発言者は、有名な文化人でに何でもない、サラリーマンを全うして、退職後、山間にツリーハウスを作った方でした。

自分の時間を、それも豊かな時間を多く持つというのは、金持ちになるより難しいことかもしれません。後者は、目標を決めて、そこに向かって猪突猛進すればいいだけですが、前者は、目標もなにもないのですから。そこにあり時間を、いかに自分の時間にするかというのは、自分の生き方、思考、世界観すべてが重なってきます。でも、最終的には、その時間をどれだけ楽しめるかってことですね。それも、消費の結果得られる対価としての物質的な快楽ではなく、もっと精神的な喜びみたいなものをどれだけ作れるかということです。

星川淳は「屋久島の時間」(工作舎)で書いています

「それまでの人生で固まっていたのは、本質的な暮しをしようという漠然とした思いだけだった。ひとりの人間として、この星の上でいかにまっとうな生を遅れるかが、10代の終わりごろから一貫したテーマだった。」

「本質的」とか「まっとう」といっても、一言で私には答えられません。今、店にはミニプレスの一群と、多分新刊書店では生活実用というジャンルで括られる本を一緒にしたコーナーを作りました。答えはそこにあるかもしれません。日々、この本は違う、あの本はこちらへ移動させようとかのスクラップ&ビルドの作業です。レイチェル・カーソーンの「センス・オブ・ワンダー」も、鴨居羊子の「カモイクッキング」も、松浦弥太郎の「日々の100」も、池澤夏樹の「アマバルの自然誌」も、木村衣有子の「手紙手帖」も、平松洋子の本もここです。まぁ、「良い暮し」という家を建設しているようなものです。

多分に「良い暮し」を考えることが、「時間を持つ」幸せにつながりそうな気がします。だから100人いれば、100人の生活があり、それぞれの時間がある。出来れば、そんな時間を知るための参考にと、こんなコーナーを作りました。お客様の参考になってもらえれば、それで良し。ならなくても、全然脈略のない本が並べてあって、パラパラとアットランダムにご覧いただいて刺激になれば、それもまた良しです。

 

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