自分のお葬式には、やぱり”I Shall Be Released “で送って欲しい。皆で”Any day Now,Any day Now,I Shall Be Released”で歌ってね。

ボブ・ディランのこの曲に出会ったのは、大学時代。真夏の暑い日、心斎橋の映画館で、ザ・バンドの解散ドキュメント映画「ラスト・ワルツ」を見た時です。アメリカンロックの土の香りのする音楽の洗礼を受け、この国への憧憬を深めて、大学をほったらかしにして渡米する一因を作った映画でした。この映画のラストで、主演者全員が歌い上げたナンバーがこの曲です。

卒業後、繁華街の隅っこの小さな輸入レコード店働いていた時、お店の相棒の金ちゃんと二人でこの曲について交わた会話です

「I Shall Be Releasedって何から解放されるん?」『そやんなぁ〜わからんな〜」

で、早速、今はもうない丸善書店へ出向き、片桐ユズル訳詞の「ボブ・ディラン全詩集」を買いました。蛇足ながら、この本を出版していたのが晶文社。この時から、新しい文化やアートを紹介してくれるこの出版社が好きになりました。

さてその意味は、

なんだって変わることができると人は言う/ どの道のりも近いわけではないと人は言う/そう オレはヤツらの顔を覚えている
オレをこんな境遇においやったヤツらのすべての顔を /おれの光が輝いてやって来るのが見える /西から東へと
いつの日か、いつの日かオレは自由になるんだ…

誰でも守られることが必要だと人は言う /だれでも堕落するものだと人は言う/でも断じて、おれにはおれの考え方がある
この壁のずっと上の高いどこかに/おれの光が輝いてやって来るのが見える /西から東へと/いつの日か、いつの日かオレは自由になるんだ…

この孤独な群集の中、/遠くのむこうに立っている男/そいつは自分は悪くないと叫んでいる/一日中、奴が大声で叫ぶのがきこえる
俺ははめられたんだと泣き叫んでる/おれの光が輝いてやって来るのが見える /西から東へと/いつの日か、いつの日かオレは自由になるんだ…

と漠然で、曖昧模糊の歌詞です。しかし、渡辺武信の「映画は存在する」(サンリオ出版1500円)の最後で、映画の魅惑から離れて、より過激な政治の世界へ加速し始めた、ジャン・ルック・ゴダールへの共感を残しつつも、「映画とは魅惑だと!と答えることによって、夢の中にとどまりつづけよう」という文章をひたすら信じていた若者(今も信じているが)に、「いつか自由になるんだ」と納得させた曲でした。まさに「ディランにはじまる」(浜野サトル著/晶文社800円)です。

その後、沢山の音楽に出会いました。けれど「ラストワルツ」のCDを聴いたり、DVDを見たりする度に、あのくそ暑い心斎橋の路上を、映画終了後、魂の抜けたように歩いていた(今なら、きっとかっぱらいの良い餌食です)姿を思いださせる体験はありません。

「Any day Now,Any day Now,I Shall Be Released/いつか自由になるんだ」と口ずさみながら死んで行けたら。素敵な事だと思います。

 

 

Tagged with: