「小林信彦文筆生活50年記念出版×幻戯書房10周年」と帯に書かれた四編の中編を集めた一冊「四重奏」は面白い。

「面白い」という意味は多義に富んでいますが、ここではある時代の小説雑誌の裏側で蠢く男たちの心の闇の描き方が「面白い」という意味です。「ある時代」というのは、60年代。江戸川乱歩と共に新たに台頭してきた翻訳推理小説を掲載し、それが浸透してきた時代。

第一作目の「夙川事件ー谷崎潤一郎余聞ー」は、若き雑誌編集者が見た江戸川乱歩と谷崎潤一郎の奇妙な交差を描く。この中に初めて乱歩が谷崎に出会い、谷崎が猟奇小説を書いてみたいということを話す。そして、著者はこう書きます。

当時としても<猟奇小説>という言葉は決して良い響きを持っていない。むしろ、いかがわしく感じられるものだったが、「細雪」を書き上げた作家の口から出た時、乱歩にとって、それは格別の味わいであったろうと推測される

純文学ではなく、帯にある言葉を引用すれば「推理小説の軽視された時代」が見事に蘇ってきます。小林信彦の小説の神髄は暗い情熱に翻弄される人達の姿を冷静に描くところにあると思います。舞台がTVや映画の世界、出版界や広告といったマスコミの世界であっても、それは同じです。五木寛之も初期には、そんなマスコミものの短編を書いていましたが、あんなにスタイリッシュではなく、生身の人間の溜め息が聞こえてきそうなリアル感があります。それは、時代背景をきっちり描いてあることとも関係しています。例えば第三作目「墨の老人」では、日記、手帖でお馴染みの出版社、博文館が明治の後半、出版界をリードする存在だったのが、大正デモクラシーの時代に入って、中央公論社や改造社に読者を奪われ、今や大出版社となった、当時新興勢力だった講談社に押されて行く話が出てきます。この当時の出版界の動きも良く理解できます。

華やかさの微塵もない小説ばかりですが、同じ小説でも格下と蔑まれていた業界に生きる男たちの鬱屈した感情と、そして誇りが読み取れます、筆者は「あとがき」の最後をこう締めくくっています。

推理小説で直木賞を得られるようになったのは、1967年ごろからで、それ以前は推理小説は問題にもされなかった。ここに集められた小説の背景はそうした<推理小説の軽視された時代>とお考えいただきたい。

この世界の浮き沈みを見て来た著者にしか書けない一冊です。因みに1932年生まれの小林信彦は今年80才。

 

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