「うちらの若おした時分は、鞍馬からあっち、人がどうにか通れるほどの杣道しか、おまへなんだ。花背のほうの女子の人らが、そこを背負うて、峠越えして、鞍馬まで売りに来てましたんやさかい」

というはんなりした京都弁のおばあさんと若い女性のお風呂での会話で始まる小説「明るい夜」(文藝春秋500円)を読みました。書いたのは黒川創。61年京都生まれ、同志社卒業の京都人です。出てくる場所が、木屋町界隈だったり、鴨川べりだったりで、日々見ている風景ばかりなので、リアルです。ヒロインがアルバイトを始める出町柳のパン屋も、あ〜あそこかと、店の雰囲気まで思い浮かびます。

フワフワと流れる日々の情景を点描しながら、家族、故郷への不確かな思いが書かれていきます。クライマックスは広河原で行われる火祭り。そして、ヒロインが、その祭りの終わった後に向かうのは、

「最初、高野川べりの道を上流へと走り出す。すぐに川と別れ、大学のある丘を、北に向かって越えていく」

ハイ。京都バスですね。「大学」とは京都産業大学だと思います。ここから、道中を含めて延々と広河原のことが描かれていきます。特に個性的な人物が登場するわけではありません。老いた犬と老夫婦だけです。とても和めるシーンばかりです。

確かに存在する、生きることへの思いが、ゆらゆらと立ち上ってくる小説で、その立ち上り方が東京でもなく、大阪でもなく、京都でなければ描けなかったのだと思います。

黒川創には「若冲の目」という、やはり京都を舞台にした小説(近日入荷)もあります。こちらも、読んでみたくなる一冊です。

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