「四谷怪談」で有名な鶴屋南北は、実は鰻が好きで、滅多に芝居に登場しない鰻が出てくる作品が二本もあり、しかも重要な小道具として登場します。「四谷怪談」と「謎帯一寸徳兵衛」です。

「南北の作風は油っこい。鰻はたとえ白焼きでもサッパリしたなかに油っこさがある。人間の欲望がむき出しになっているためであろうが、芝居の運びそのものに、したたかで、油っこいところがあるのだ。そういう味が行間ににじんでいるのは、南北の嗜好によるのだろう。鰻は南北のトレードマークである」

これ、演劇評論家の渡辺保の「芝居の食卓」(柴田書店・絶版800円)の一節です。歌舞伎に登場する食をメインに取り上げた本ですが、芝居に興味のない人でも面白く読めます。

例えば、「幕の内弁当」に関するエッセイでは、まず「幕の内」という言葉の定義から入り、その弁当がどんなものであったかが書き込まれています。江戸時代の芝居見物では、お弁当だけでなく多くの食事が提供されます。

「これだけ食べ尽して、その合間で芝居を見る。視覚聴覚、そして味覚。芝居見物は全身を働かせるものだった。いい気持ちで客席で寝てなどいられなかったのである。」

この本を出版している柴田書店はどちらかと言えば、プロの料理人向けの専門書籍をメインに刊行しています。それ故か、演劇評論家が書いたものが、食に重きを置いた、上質の食文化の本に出来上がったのだと思います。

Tagged with: