映画「チョコレートドーナツ」(京都シネマにて上映中)観てきました。この映画のオリジナルタイトルは”Any Day Now”。へぇ〜ボブ・ディランの名曲”I Shall Be Released”のサビの部分の歌詞だと思っていたら、なんと、この映画のテーマに深く関わっていました。

ディランはこう歌います。

“Any Day Now,Any Day Now I Shall Be Released”

初めて、この歌を聴いたのは大学の時でした。”I Shall Be Released”は受け身の文章です。何から解放されるのか、歌はそれを語っていません。古いアメリカ社会への反抗なら、”I will get a freedom”みたいな確固たる意志が歌詞に反映されるはずです。それが、意味不明瞭な受身の文章……..? わからないまま、数十年は過ぎました。

映画は70年代、ゲイカップルが育児放棄されたダウン症の子どもを引き取る話です。当時、まだ同性愛は市民権を得ていませんでした。当然、彼等も、自分たちの素性が世間にばれてしまい、不当な差別に晒されます。そして、子どもの親権を巡って裁判になります。腕のいい黒人弁護士と共に、裁判を戦い抜き、迫害をはね除けハッピーエンドに!

残念ながら、そうはなりません。

今なら、彼等は法的に権利を保障され、一応は差別されることはありません。しかし、当時は違います。彼等は社会の落ちこぼれであり、唾棄すべき存在でした。そんな中でも、このカップルのように、多くの同性愛者や、差別された多くの人達が、小さな声を上げました。そしてそれが大きなうねりとなって、今日に至ったのです。

ゲイバーで歌い踊っていた主人公が、その声の素晴らしさを認められて大きなステージに立ちます。その彼が、最後に歌うのが、この”Any Day Now,Any Day Now I Shall Be Released”でした。

小さな声でもいつか願いは叶えられるかもしれない、いや無理かもしれない、でも、暗闇の向うにかすかな、かすかな光はあるかもしれない。

「いつの日か、いつかはわからないいつの日か、すべての苦しみから解き放たれるだろう」

そういう意味だったんですね、この歌は。

70年代、私がアメリカの大学で教わった女性教師は、同性愛者であることをカミングアウトしていました。住んでいたカリフォルニア州は同性愛については全米でも比較的寛容な地域でしたが、女性の同性愛となると好奇の視線にさらされていたはずです。もしかしたら、彼女も、この歌を口ずさんでいたかもしれません。