村上春樹は、もう読みたい作家ではなくなりました。(音楽評は相変わらず面白いけど。)デビューして暫くは新刊が出る毎に買っていたものですが。

でも、愛読しているのが、実はあります。それは「もし僕らのことばがウィスキーで

あったなら」(新潮文庫400円)です。初めてこの本の前書きを読んだ時は、そうそう!と思いました。

「ほんのわずかな幸福の瞬間に、僕らのことばはほんとうにウィスキーになることがある。そして僕らはー少なくとも僕はということだけれどーいつもそのような瞬間を夢見て生きているのだ。もし、僕らのことばがウィスキーであったなら、と」

就寝前の1杯のウィスキーを、数十年、一日も欠かさずに楽しみにしている私には、よくわかります。

春樹は、美味しいウィスキーを求めてスコットランド、アイルランドへと旅立ちます。先ずは、シングルモルトの聖地「アイラ島」です。アイルランド島のすぐ側の小さな島アイラ島産のシングル・モルト・ウィスキーを初めて飲んだ時の、私の感想は、「うぁ、磯くさい!」でした。どこが、美味しいねん?と思ったものです。春樹もこう書いています。

「『磯くさい』というのは、けっして根拠のない表現ではない。この島は風が強い。宿命か何かのように風が吹いている。だから、海藻の匂いをたっぷりと含んだ強い潮風が、島の上にあるほとんどすべてのものに、そのきつい刻印を押していく。『海藻香』と人々はそれを呼ぶ。」

この香りがやがて馴染んでくると。芳醇になってくるのが人間の感覚の不思議なところですね。荒涼たる大地、北風、激しい波飛沫、曇天の隙間から顔を出す太陽。その中から生まれてきたお酒かもしれません。

「子どもが生まれると、人々はウィスキーで祝杯をあげる。人が死ぬと、人々は黙してウィスキーを空ける。それがアイラ島である。」

こんな彼の文章に出会うと、今宵はアイラの酒で、という気分になります。

 

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