岡山から電車で数時間、中国山地の中程にある勝山で営業する「パン屋タルマーリー」店主、渡辺格さんの「田舎のパン屋が見つけた『腐る経済』」(講談社900円)は刺激的な一冊です。「経営理念は利潤を出さない」なんて堂々と書いてある本なんか、ビジネス書の書き手からみたら白々しく思うでしょうね。
店主はこう書います。
「看板メニューは『和食パン』。古民家に棲みつく天然の菌でつくる『酒種』を使って醗酵させる。お値段は350円という高価格。週に3日は休み、毎年一ヶ月の長期休暇をとる。店の経営理念は『利潤』を出さないこと。(略)パンづくりの相棒である『菌』たちの声に耳を澄ましていたら、気がつけば、不思議なパン屋になっていた」
こんな文章読むと、どうせ金持ちのぼんぼんが自然食に目覚めて、作ったお店じゃないの、と思われるかもしれませんが、いや全く違います。しゃにむに経済成長に突っ走る総理にこそ、お読みいただきたい本です。
店主の生い立ち、パン屋を始めるまでの修行時代、千葉で開店した店を、岡山に移した意味等が、丁寧に、簡潔に書かれています。そしてこの店を立ち上げるまで彼を導いたのは、なんとマルクスです。「資本論」を読破して、ここに至ったのでした。成る程、「資本論」ってこういう事なんだ、とほんの少し理解できました。
「『利潤』を出さないということは、誰からも搾取をしない、誰も傷つけないということ。従業員からも、生産者からも、自然からも、買い手からも搾取をしない。そのために必要なおカネを必要なところに必要なだけ正しく使う。そして、「商品」を「正しく高く」売る。この搾取なき経営のかたちこそ、おカネが増殖しない『腐る経済』をつくっていくのだ」
従来の価値観を引っくり返すことが革命だとしたら、このパン屋さんはそれを起こしたのかもしれません。