池澤夏樹の「氷山の南」(文藝春秋1450円)は、連日の猛暑に、涼しくなること間違いなしの小説です。

舞台は南極。その海に浮かぶ巨大な氷山を、オーストラリアまで運んでくるという壮大なプロジェクトに、密航者として乗り込んだ18歳の青年と、様々なエスニックバックグラウンドを持つクルーとの交流、そしてプロジェクトに反対する信仰集団との対立を描いた、ジャンル的に言えば、冒険小説です。

と言っても、お決りの海洋活劇があるわけではありません。淡々と進行する物語を読んでいくうちに、一人の青年が多くの人々との交流を通じて、世界を認識し、我々を取り囲む宇宙を感じるための通過儀礼を描いた教養小説だということが判ってきます。

主人公ジンは、アイヌの血をひく若者。彼の友人がジム。彼のルーツはオーストラリアの先住民族、アポリジニという設定からして、少数民族の生き方が関与してくることが見えてきます。

オーストラリアの荒涼たる大地で、満天の星空を見つめながらジンは、見えている星空の奥に、そして見ている自我の奥に何かが在ることに気づきます。

「星々を自分が今こうして見ている。見る自分と見られる星空の関係はそのまま逆転できる。星もこちらを見ている。無数の星の一つがこちらに視線を手繰り寄せる。一本の光の糸が張り渡される。あの一つの星は人間に見られていることを喜び、ちゃんと見返している。対等の関係だ」

自然は、好き勝手に動き回る存在ではない。「人が見るから、その視線に応じて自然は自らを装う。きりりと姿を整える。」

やがて、ジンは理解します。「自分がいて、世界がある。それぞれがあって、後につながるものではない。この二つは最初からセットなのだ」と。

さらに、彼は氷山を運び、溶かして灌漑に使うというやり方に反対するアイシストという信仰集団のリーダーの女性に出会います。そして、際限のない人間の欲望が、人々を不幸せにしているからこそ、そういう欲望や衝動に抵抗力をつけるためには、「できるかぎり消極的な生き方で済ませる」という思想に魅かれていきます。

「どれほどの権力と冨と美貌と健康と知力と意志を備えていても、一生の間ずっとやりたい放題は続けられない。たいていの場合、欲望の大半は実現しないわ。そのために失望する。不幸感が生まれる。それならば最初のうちに、欲望が妄想に育ってしまう前に、冷やしてしまった方がいいんじゃない?」

主人公ジンは、多くの知的冒険と大自然の中の経験と、そして彼に迫ってくる難問への対処を経て、全500ページにわたる長編はクライマックスを迎えます。長編小説の醍醐味、ここにありですね。

サマーバカンスに何読もうか?とお悩みの方、海辺で、あるいは故郷の山里でじっくり読むのに相応しい一冊です。

 

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