「こんなクソみたいな国のオリンピックなんか、どうでもいいよ。それより、人を殺しても良い法律作ってくれよ、頼むよ」

なんて、殺伐とした台詞の飛び出すのは、橋口亮輔監督の「恋人たち」のワンシーンです。個人的には、この映画、今年の日本映画最高の収穫だと言い切ります。

数年前に通り魔に妻を殺された労働者の男、無口な夫と姑の世話に明け暮れる女、そしてゲイの弁護士。この三人の、明るい明日の全く見えて来ない人生模様を丹念に描いてゆく映画です。前作「ぐるりのこと」でも徹底的にリアリズムに拘った作風は、今回も健在です。もう色気もなにもない、やるせない妻の夫とのセックスシーンもあります。(まぁ、見たくないけど……)

三人の、無機質に過ぎてゆく日常の冷え冷えとした暮らしを、巧みに組み合わせながら物語が進行します。全然何も起こらないのに、息を殺して画面を凝視してしまいました。私は、この主役の三人を演じている篠原篤、成嶋瞳子、池田良、という役者を知らないので、それがまたとてもリアルに感じました。劇的な何かを内包しないとはいえ、それでも三人に事件が起こります。その過程を描きながら、見事に人生を肯定していきます。

 

その人の悩みや苦労は、他人と相対化できないものです。なんだ、そんな悩みか、と他人に笑われても本人にとっては死ぬか生きるかという場合もあります。そういう悩みや苦しみは、ある程度生きていれば、誰にでもあるもの。でも、それを、ある日、ひょいと越えた瞬間、今までどうも思わなかった風景が輝くことがあります。

映画の三人にもそんな一瞬が訪れます。汚く濁った川が、高速道路の隙間から見える青空が、通勤途中の田舎の道が、薄汚い飲み屋街が、とても素敵に見えてきます。生きていたら、こんな一時もある、とでも言いたげなラスト。画面に広がる青空を見ると、それなりに真面目に生きて来た人なら、泣けてきます。

そして、この三人が、その状況を越えることができたのは、彼らが自分の言葉で、自分を語ったからこそなのです。ぐちゃぐちゃの日常を整理整頓して、一歩足を踏み出すために、きちんと言葉で自分と向き合うことを教えてくれる、至極全うな映画だと思いました。

でも、もう一回、見るかと誘われれば、まっぴらごめんですね。あの生き地獄のような日々の暗闇に、再び向き合うのは勘弁して欲しいです。是非、人はこうして救われるのだということを劇場で体験してみて下さい。