私にとって「仁義なき闘い」全5作は、これ以上の暴力を描いた映画はないという意味で、不動のベスト1でした。が、世の中にはあるんですね、もっと凄みのある作品が。

メキシコ=アメリカ映画「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」には、参りました。こんなドキュメントよく製作できたもんです。

「世界で最も危険な街」とされるメキシコのシウダー・フアレスは、100万人足らずの都市ですが、年間3000件を越す殺人事件があります。メキシコでは、起きた犯罪の数パーセントしか捜査されず、殆どは罪に問われること無く放置されているのが現状だそうです。国内で強大な力を持つ非合法の麻薬密輸カルテルが、警察組織や軍を買収し、捜査を妨害。組織に従わないものは次々と処刑されています。そんな無法地帯フアレスの日常を捉えたのがこの映画です。

直ぐ目の前の、非アメリカ合衆国の都市エルパソは、年間殺人件数が数件という極めて安全な街。カメラはその両極端を捉えます。

驚くべきは、麻薬カルテルは、“ナルコ・コリード”という、現在メキシコ国内だけでなくアメリカでも人気を集める音楽ジャンルで、英雄として讃えられているという現状です。彼らの武勇伝をCDにして販売すると、飛ぶように売れ、ライブハウスはお客でいっぱいになるという現状。殺人、拷問、誘拐、麻薬密輸と極めて暴力的な歌詞のオンパレードです。さらに、ステージ上では、バンドメンバーがアサルト・ライフルやバズーカ砲を持って登場する。そうすると、大盛り上がりになってしまう。日本で言えば、広域暴力団の不法な活動を舞台で賞賛して、かっこいい!と叫ぶという、あり得ないシチュエーションです。

映画は、この手合いの歌を歌うバンドのメンバーの日常や狂気じみたライブの模様と、全く未来のないシウダー・フアレスの街で、殺人事件の現場に向い、黙々と証拠品を集める一人の警察官の日々を、交互に描いていきます。地球の裏側では、暴力と狂気が堂々と歩いている場所があることに戦慄します。

しかし、この映画、単に現状を暴いた映画ではありません。たった一人、現場に向かう警察官の姿に、ほんの僅かながら、人間の正義を見出しているのです。

「この街にあるのは、死と暴力だけじゃない。愛もやさしさも気遣いもある。この仕事で私は街を救いたいんだ。」

この警官の台詞です。暴力の極みを描きながらも、そこに生きる人間の強靭な姿を見せてくれるこの映画は、今年観た洋画の、ベスト1です。