「いっぺん、思いっきり声を出せるところでやりたいの」

おっ〜、のっけからドギツイ文章ですぞ。これ、桜木紫乃の短篇集「ホテルローヤル」(集英社文庫300円)の中の一篇、「バブルバス」に登場するフツーの中年夫婦の会話です。桜木は本作で直木賞を受賞しましたが、そんなに興味はありませんでした。ところが、川本三郎の新刊で、彼が絶賛してたので、どれどれと店にあった文庫に手を延ばしました。

不覚、不覚!北海道の湿原近く(多分釧路です)にある閉鎖されたラブホテル「ホテルローヤル」を舞台に、このホテルに行き交った男と女の一瞬を描いて、絶望と、あるかないかの微かな未来を描ききっています。お見事!としか言いようがありません。

アダルトグッズ販売屋とホテル従業員、貧乏寺の住職の妻と檀家、寒空に放り出された女子高校生と、妻の不倫に悩まされる教師、そしてラブホテルの清掃をする女性と、様々な人達が登場してきます。

「唾液で濡らした正太郎の先端が体の中へと入ってきた。少し痛いが、なんということはなかった。我慢していればすぐに終わる。夫に優しくしてもらえるのも、この時間があるからだとミコは信じている。みんな、ここから生まれたりしてここで死んだりしている。体の内側へと続く暗い道は、一本しかないのに、不思議なことだった。」

こんな文章は男性には書けません。明瞭で、簡潔なタッチが読者をグイグイと引っ張ります。これだけ的確で、冗長なところのない文章がかけるなら、ハードボイルドものもいいだろうと思っていたら、なんと「ブルース」という本で「釧路ルノワール」を展開しているとか、読んでみなくては。

解説で川本三郎は、本作の構成の巧みさを指摘、こう書いています。

「時間の流れが、現在から過去へと逆になっている。普通は過去から現在に至るのに、この小説では現在から過去へとさかのぼる」

廃墟となったホテルから物語は始まります。廃墟のホテルを覆う悲しさ、侘しさ、寂しさが最後まで登場人物にのしかかってきます。あろうはずのない明るい未来。だが、もしかしたらという僅な希望。

昨年、私のベスト1映画だった橋口亮輔監督の「恋人たち」のラストに「微かな希望」を象徴するような青空が出てきます。この本の中で、ホテル清掃員のミコさんを描く「星を見ていた」のラストに、悲惨な現実になすすべもない彼女の頭上に満天の星空が登場します。それもまた「微かな希望」なのかもしれません。

店には「水平線」(文春文庫400円)、「誰もいない夜に咲く」(角川文庫400円)もあるので、引き続き読んでみます。ホントにお薦めです。

 

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