日本人ファッションモデルとして、初めてパリコレに出た山口小夜子(1949年ー2007年)のドキュメント映画「氷の花火」を観ました。

「遺品に深呼吸させよう」という台詞で映画は幕を開けます。

山口の死後、大事に保存されていた品々。生前、彼女が着ていた服やアクセサリーを、スタッフが並べていく作業を、この台詞にこめているのです。

71年、モデルとしてデビューし、高田賢三や山本寛斎のショーで頭角を表し、72年パリコレクションに初めてアジア系モデルとして起用され、ヨーロッパで大人気となります。翌年、資生堂の専属モデルとなり、その後、同社のCMに登場。あの頃は、資生堂=山口小夜子というイメージでした。

身長はヨーロッパのモデルに較べれば低いのですが、舞台に登場するや堂々たる風格が漂っています。山本寛斎は、彼女との関係を「ミューズだった」と語りました。日本人として誰も挑戦したことのないパリコレでスポットを浴び、トップモデルとして君臨するという前人未到のことを成し遂げました。しかしそこからさらに、山口小夜子は表現者としての自分の技術を磨いていきます。

ダンスパフォーマンスの世界に挑み、様々な表現力を身につけていきます。20年程前、京都の舞台で、勅使河原三郎とのコラボレーションを観たことがあります。真っ黒な服装で舞台を歩く彼女の神秘性は、忘れられません。

50代を越えてから、また新しい表現への興味が広がっていきます。

クラブカルチャーへの接近、若手ミュージシャン、DJとのコラボ等々。この感性の柔らかさ、は凄い!しかし、2007年、58歳の若さで、ふっとこの世から消えます。彼女の遺品の中には、安部公房、川端康成、寺山修司などの本、ゴダール等ヌーベルバーグ派の映画ビデオが沢山ありました。常に新しい刺激を取り込むことを怠ることなく、自らを高める姿は、ストイックでさえあります。

映画の本題からは逸脱しますが、彼女をリスペクトする若手写真家、デザイナー達が最後に登場します。彼らのその中性的佇まいと、男臭さが皆無の清潔感が、とても心地よく感じられました。こういう人達が、政治や経済に分野にどんどん出てくれば、この国は、もうちょっとマシになりそうなんですが…….。

★「氷の花火」は6月3日まで京都シネマにて上映中です

 

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