聴覚障害をもちながら、数々の曲を発表し「現代のベートーベン」とまで言われた佐村河内守。しかし、「週刊文春」で音楽家の新垣隆が彼のゴーストライターとして曲を制作していたことを告白。また、佐村河内が楽譜を書けないこと、耳は聞こえており、通常の会話でやり取りしていた等をメディアに暴露した「ゴーストライター」事件は、皆さんご存知ですね。

一方的に悪者扱いされた佐村河内は沈黙を続けました。その彼への密着取材を映像化して、メディアと個人の関係、何でも白と黒に決めつけてしまう風潮を見つめたのがドキュメンタリー映画「Fake」です。

監督は「A」、「A2」でオウム真理教に切り込んだ森達也。15年ぶりの映画作品です。とてつもなく、面白い!映画でした。

得体の知れない『自主規制』という化物に放送禁止にされてしまった曲を巡るノンフィクション「放送禁止歌」を読んで以来、世の中を白と黒に分けない、白でも黒でもない灰色の部分にこそ真実があるという彼のスタンスを信用してきました。

耳が聞えないフリをして、人に曲を作らせた悪人というレッテルをメディアに貼付けられた佐村河内の家に、森は頻繁に訪問し、カメラを回します。彼と妻と愛猫と、時折出演依頼に来るTVメディアの人々が登場します。

「森さん、僕のこと信用してる?」と訊ねる佐村河内に対して、森は「信用してなきゃ、撮れないよ」と即答します。「もう、これは心中ですよ、貴方と」と言い切りました。森は、信念を持って、彼に肉迫していきます。その結果、えっ〜、えっ〜という驚愕のエンディングを観ることになります。

しかし、もし、森が新垣の立場に立って映画を撮っていたら、全く違うスタンスの作品を作っていたかもしれません。そして、文春の立場なら、さらに又別の作品になるかもしれません。真実はそう簡単に見えて来ないのですね。芥川龍之介「薮の中」を思いだします。

エンドロールの後、エピロ−グ的な映像が登場します。そして、最後に森が一つの質問を投げかけます。その時の佐村河内の表情。それをどう捉えるのか。

森達也の本は「A2」、「A3」、「A撮影日誌」、「ドキュメンタリーは嘘をつく」、「東京番外地」と揃えていますので、映画のお帰りにでもお立ちより下さい。

 

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