「ぼんやりと森に目をやった次の瞬間、視界にすっと灰色の影が踊り出ました。そしてその影は、近くに生えている一本の木の脇で立ち止まり、こちらを振り返ったのです。そこに立っていたのは、一頭の立派なオオカミでした。僕はオオカミを見たことはありません。でも、そのとき確かに、目の前に立っている巨大なイヌ科の動物を見て、なんの疑いもなく『オオカミ』だと思ったのです。オオカミは鋭い視線をこちらに投げかけるやいなや、すばやく森の茂みの奥へと走りさってしまいました。」

これは、「そして、ぼくは旅に出た」(あすなろ書房1400円)の著者、大竹英洋が大学時代のある日、見た夢です。そして、その夢に誘われるように、傑作「ブラザーウルフ」という写真集を出していた写真家、ジム・ブランデンバーグに会いたいと思い立ち、彼が住むミネソタ州北部の森、ノース・ウッズへと旅立ちます。

無茶な旅です。アポも取らず、森のどこかに住んでいる写真家に会いに、できれば弟子入りを頼みたいなどというのは。しかし、彼は憑かれたように、森の奥へと向かいます。カヤックなんて乗ったことのない青年が、悪戦苦闘しながら湖から湖を経て目的の地に着くまでが、本の前半です。

後半は奇跡的にジム・ブランデンバーグに出会った著者が、彼や彼の友人で、探検家ウィル・ステイーガートとの交流を深めてゆく様が描かれています。大自然と共に生きている偉大な男たちに、心揺さぶられる描写がとても魅力的です。

ステイーガートは探検家になるのは簡単だと”Put your boots  and start walking” と、言い放ちます。この言葉を受けて著者は、ソローの名著「森の生活」の一節「最も早い旅人は、足で歩く人である」を思いだします。鉄道や飛行機で旅するには旅費を稼がねばならない。そんな事するぐらいなら、すぐに歩き出せというのです。

著者が、自分の写真をブランデンバーグに見てもらった時、彼はこう言います。「大切なことは、なにを見ようとしているか、その心なんだよ。テクニカルなことは、撮りながら学ぶしかない。」

そして、良い写真が撮れたときの気分を問われると、「ハードワークするんだ…….。努力する。その先にふっと、その瞬間がやってくる。」「それは…….降りてくるんだよ」と言います。「降りて来る」というのは、何事かをやろうと努力し、切磋琢磨する人たち共通の経験ですね。

多くのことを学んだ著者が、写真家として自立すべく日本に戻るところで本は終わります。若さだけが持つ特権の素晴らしさ。機会があれば、ぜひ話を聞いてみたい方です。

ところで、彼が自然の姿を伝えていこうと決心したのは、星野道夫の本との出会いでした。やっぱりね。星野の本を読んでいるような錯覚になった時もありました。

(写真はブランデンバーグの作品です)