モルモット吉田著「映画評論・入門!」(羊泉社1000円)は、最近読んだ映画関連の本の中で、すこぶる面白い本でした。映画なんて、しかも評論なんてと思われる方にも、或はジャーナリズムを勉強されている学生さんにも、お薦めです。

1965年、ベルリン国際映画祭に、日本から若松孝二のピンク映画「壁の中の秘事」が、公式コンペ作品として出品されました。どうしてそうなったかは、本書に書かれていますが、当時第一線にいた映画評論家から、あからさまな非難、中傷が巻き起こります。大手新聞が、「意に沿わない映画は<上映禁止>にして<破棄>せよ。」と主張する有様。きちんとした芸術映画ならいざしらず、エロ映画が海外に出てしまったことが屈辱だ!と、作品の中身を批評するのではなく全く違う所で起こった差別的発言です、65年7月の読売新聞は社説の中でこんなことまで言っています。

「ベルリン映画際で国辱をひきおこした問題の映画にしても、その後焼却されたということはいっこうに耳にしない」

それから40年後、若松の「キャタピラー」が同映画際で主演女優賞を獲得した時、おおいに褒めちぎるという、まぁマスコミってこんなもんねという対応でした。60年代、エロ映画への批判的視線は理解できますが、内容を差し置いてのヒステリックな非難や、作品を抹殺しようとしたことは、認められません。

1965年、市川崑監督「東京オリンピック」が、オリンピックの記録映画として相応しくないと、時のオリンピック担当大臣が怒り出し、作品を再編集して、上映しようという前代未聞の事件が起こりました。市川の映画は、記録というより、極めて大胆な詩的映像を丹念に積み上げた傑作で、今やスポーツドキュメントのお手本になっているのですが、日本人の勝ったシーンがないやらと文句を言い出します。この時、この映画を守ったのは、映画評論家ではなく、女優高峰秀子(写真)でした。新聞紙上で役人の批判に明確に反論しました。

「『記録映画』と一言にいっても内容の受けとり方が、市川氏と組織委員会ではずい分ちがっていたようである。私からみれば、お役人の不勉強の結果が『批判』という偉そうなことばになって出た、としか思えない。」

さらに、担当大臣に掛け合い、市川の映画を守ります。では、その時に映画ジャーナリズムが、何をしたかといえば、何も出来なかったのが現状でした。

この本は、その後登場する新しい映像表現、例えば日活ロマンポルノや東映実録やくざ映画、そして北野武の映画作品に対して、マスコミや評論家がどう言ったかを検証していきます。

映画評論の歴史を辿りながら、正しく批評することの難しさを知るというユニークな一冊です。

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