川上弘美が1993年に書いたデビュー作「神様」が「神様2011」(講談社650円)としてリミックスされました。そこには深い意味が隠されていました。

「神様」は、川上らしいというか、奇妙なテイストで永遠に残りそうな作品です。

「くまにさそわれて散歩に出る。河原に行くのである。」というふうに、フツーにくまと散歩する人が登場します。これって、ファンタジー?でも「三つ隣りの305号室に、つい最近越してきた。ちかごろの引越にしては珍しく、引越蕎麦を同じ階の住人にふるまい、葉書を十枚づつ渡してまわっていた」などという律儀なくまは、なかなかファンタジーには登場しません。                       

二人は、近くの川に出向き、彼はくまに川魚を取ってもらい、干物にしてもらいます。そして、楽しい一時を過ごしてアパートに戻ります。部屋の前で、親しい人と別れるときの故郷の習慣だとくまに言われて、抱擁します。それだけの話です。この小説が描いているのは、ただ一言、平和な時間です。

2011年のあの震災のあと、作家は「神様」を書き直しました。「くまにさそわれて散歩に出る。河原に行くのである。」で、やはり物語は始まります。しかし、「暑い季節にこうしてふつうの服を着て肌をだし、弁当まで持ってゆくのは、『あのこと』以来、初めてである」と震災後、原発事故で起きた放射能漏れに関する描写が、チラチラとでてきます。河原に遊びにきている男に、くまは放射能に強いからいいなぁ、などと言われても、

「そりゃ、人間よりは少しは被曝許容量は多いですけれど、いくらなんでもストロンチウムやプルトニウムに強いわけはありませんよね。」とさらりとかわします。そして、二人で河原で遊び、やはり抱擁して部屋に戻ります。ただ、オリジナル版と違うのは彼が、その日の総被曝量を計算して終わることです。

原発事故をことさら大きく取り上げている訳ではありません。

「静かな怒りが、あの原発事故以来、去りません。むろん、この怒りは、最終的には自分自身に向かってくる怒りです。今の日本をつくってきたのは、ほかならぬ自分でもあるのですから、この怒りをいだいたまま、それでもわたしたちはそれぞれの日常を、たんたんと生きてゆくし、意地でも『もうやになった』と、この生を放りだすことをしたくないのです。」

と、あとがきに書いています。メルトダウンが起こるまで何もして来なかったという後悔を抱え、たとえ、如何なる状況でも平和な時間は手放さないという思いが、満ちあふれています。

 

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