1961年、一曲の歌が日本中に流れていました。

「上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 思いだす春の日 一人ぼっちの夜」

坂本九の「上を向いて歩こう」。中村八大作曲、永六輔作詞のこの曲は、国内はおろか、全米ヒットチャートで”Sukiyaki Song”というタイトルで1位に輝くまでになりました。音楽プロデューサーの佐藤剛が、「上を向いて歩こう」に関わった坂本九、中村八代、永六輔を中心に戦後の日本の風景を視野に入れながら、稀代の希望の歌が誕生するまでを、広範囲に調べ、彼らの人生に分け入ったノンフィクションが「上を向いて歩こう」(岩波書店1450円)です。

この曲が「言語の壁を超えて世界中の人々に受け入れられたのは、歌詞の内容が哀歌、エレジーであったことが、大きな理由」だと論じています。

ギリシア語に語源を持つ「哀歌」とは、人生に起こる悲劇の断面への思いが、整った音律や用語で歌われる叙情詩であり、悲嘆から始まった感情が、永遠の慰めへと昇華する歌であると辞書では解説されていることを前提に、「上を向いて歩こう」にはそのすべてが揃っている、だから、世界中の多くの人々の心に届いてきた、というのが著者の考えです。

「幸せは雲の上に 幸せは雲の上に 上を向いて 歩こう 涙がこぼれないように」

愛する人を失ったのか、辛い別れを経験したのか歌にはなんの描写もありません。人生は「涙がこぼれないように 泣きながらあるく」ものだというペシミスティックなものだが、リフレインされる「上を向いて歩こう」という歌詞が希望を歌います。

坂本九の歌の特徴は、キュートなファルセットボイスにあります。ファルセットボイス、日本語で言うなら「裏声」。著者は坂本の裏声に注目し、こう書いています。

「裏声とは鳴き声に通じる。泣き声とは理性ではなく本能の声である。赤ちゃんの泣き声も、悲しみの泣き声も、歓喜の泣き声も、理性を超えて、本能的な泣き声に通じている。坂本九は裏声を多用して歌っている。楽しそうな歌声の裏には、知らず知らずに泣き声が混じっている。これが坂本九の真骨頂なのである。子供や赤ちゃんに通じる泣き声だからこそ、世界共通のコミュニーケションとなり得たのである。」

中村八大は、坂本のそんな声に触発されて「上を向いて歩こう」を書き下ろしたのです。

戦後の荒廃から、明るい未来めざして歩み出した人々の心に、希望という火をともした歌の力に魅入られた著者の力強いノンフィクションです。

蛇足ながら、敬愛する亡き忌野清志郎は、ライブで必ず、この曲を日本のロックンロールの名曲だ!と宣言して歌い続けてきました。彼にも、「上を向いて歩こう」の偉大さが解っていたのですね。

Tagged with: