森まゆみは、昔、BSTVで放映していた読書番組でコメンテーターを務めていて、セレクトされる本が面白いものばかりでした。

地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の発行を続けながら、数多くの本を出しています。今回、ご紹介する「寺暮らし」(みすず書房/古書900円)は、ふと立ち寄った不動産屋で紹介された、お寺の境内にある賃貸物件に魅せられて、引越し、そこで暮す様を綴ったエッセイ集です。(このハードカバーは絶版)

寺の境内に住んでいるからこそ発見出来る事や、驚きを体験しながら、この”寺暮らし”の楽しさに引込まれていき、都会暮らしで忘れていたことに再び出会います。

例えば、雨の音です。

「たしかに雨の音にも霧雨小ぬか雨、篠つく雨からどしゃぶりまで、さまざまに変化があるのに気づいた。今まで何を聞いていたんだろう。子どものころ、世田谷の祖父の軒の深い家で、庭に面した縁側で大雨の日に昼寝した爽快さを思い出した。土に当たった雨が霧となって庭先からあおるように、私の体にふりかかっていたあの快楽を……..。」

お洒落な店も、高級食材も、隅々まで清潔、無菌状態に保たれた家も登場しません。ありあまるモノと情報から、少し距離を置いたところで、少々の不便もまぁいいか、といなしながら、本当に大事な暮らしの原点を見つめていきます。だから、日常生活の様々なシーンを描く向こうに、大量消費に踊らされる社会への不安とモノ至上主義の風潮が見えてきます。

映画「失楽園」を観て、こう批評しています。「荒唐無稽なのは不倫の末心中する男女が、ほんの束の間の逢瀬のためマンションを借り、大きなダブルベッドを入れてしまうことである」恋の暴走は致し方ないにしても、シティ風マンションに素敵なベッドはないだろう。これもモノ先行の世界への批判です。

蛇足ながら、この後に続く文章にひざを打ちました。

「身勝手に心中した彼らの後始末は誰がするのだろうか、不思議だった。『結合した遺体』も部屋もベッドも、裏切られた夫と妻がするしかないではないか。じつにハタ迷惑」

おっしゃる通り。こんな、そう、そうと笑えるところを探すのも本書の楽しみですね。