明治生まれの作家永井龍男を久々に読みました。何も起こらない、季節がゆっくりと流れてゆく様を文章にしたような世界とと言えばいいのでしょうか。さしずめ、小津安二郎的映像世界が文章化されたような。

第二回(1975年)の川端康成文学賞を受賞した「秋」を収録した、短篇集「秋その他」(講談社/古書700円)を今回ご紹介します。「月見座頭」という狂言を見に行く私と、住まいのある鎌倉付近で見る月見を綴った作品です。この中で、嫁いだ娘の姑が亡くなった場面で、娘と実母のこんな会話があります。

「その後、お義父さんどうしていらっしゃる?」「夕方から上がってきて、子どもたちと一しょに御飯をたべて、それから一人でお帰りになるわ。車で送るというんだけど、一人で歩いて帰る方がいいんですって」

と、まるで小津安二郎の映画に登場する原節子と三宅邦子の会話です。

永井の文章は、どこかで深い安らぎを与えてくれます。鎌倉に住む知人とのことを描いた「昨日今日」には、こんな文章があります。

 

「梅雨の庭木の、一日で一番美しいのは、薄暮の頃である。曇りがちで気づかないが、この季節は日が長く、時刻で云うと六時半から七時近く、風のないたそがれ時である。

常緑樹も落葉樹も、小雨の中の柔らかな光りをうけて静まり、一本の木一本の樹がある所では枝をさし交わしながら、それぞれに独立した姿を示す。なんの木も自分を護りつつ、さらに自分たちの世界を確っかり譲り合っている。」

どうということのない情景描写なのですが、日本語の持つ豊かで穏やかな情感に包み込まれてしまいます。永井自身、鎌倉に住んでいたために、あの土地の持っている豊饒な文化が染み込んでいるのかもしれません。永井は芥川賞選考委員だった時、「限りなく透明に近いブルー」、「エーゲ界に捧ぐ」の受賞に納得せず、作品を否定し、委員を辞任しました。古い文学的美意識を壊されることに我慢できなかったのかもしれません。

この短篇集には、著者に鎌倉を案内されているような気分になる「日常片々」も収録されています。ゆっくりとこの古い町を散策してください。

★ご予約開始

今月下旬、吉田篤弘の新刊「神様のいる街」が夏葉社より発売されます。「神様のいる街」とは神保町と神戸。筆者が通っ本屋さんや、カフェが登場します。ご予約先着5名様に限り、サイン入を予定しています 。また、本作には幻の処女作「ホテルトロールメモ」(30p)も収録されています。

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