どうしようもない迷路で、自分を見失った時や、あまりの自分の未熟さに茫然とする時、何気なく開いた本にある言葉や、文章に支えられることがあります。いかにも「人生応援歌」っぽい本の、上滑りの言葉ならきっと永く残ることはありません。

「わたしは女です。天の半分を支えています。わたしは女です。大地の半分はわたしが養っています。わたしは女です。虹がわたしの肩に触れています。宇宙がわたしの目を取り巻いています。」

これは、ネイティブ・アメリカンの言葉を集めたナンシー・ウッドの「今日は死ぬのにもってこいの日」(メルクマール/古書850円)の中にある一節です。「わたしは女です」。大地にすっくと立っている姿が浮かび上がってきますね。「大地の半分はわたしが養っています。」その自信と覚悟。ぐっと前を見つめる眼差しが、心に刺さります。

ちょっと前に、ネイティブ・アメリカンの言葉をイージーに集めた”癒し系”の本が一斉に出た時期がありましたが、そのきっかけを作ったのが、この本です。凡庸な寄せ集め本とは異なり、この本には、荒涼たる大地に生き、大きな宇宙の流れに身を置いて来た彼らの哲学が色濃く反映されています。だから、読んでも分からない部分もあるけど、その時の自分の心の有り様で、ストレートに響いてくる言葉も沢山あります。

もう一人ご紹介します。「路地の奥で生まれて、そだった」詩人は、路地に生きる様々な人達を見つめながら、路地のおしえをこう言います。

「ひとはひとに言えない秘密を、どこかに抱いて暮らしている。それはたいした秘密ではないかもしれない。秘密というよりは、傷つけられた夢というほうが、正しいかもしれない。けれども、秘密を秘密としてもつことで、ひとは暮らしを明るくこらえる力を、そこから抽きだしてくるのだ。」

日々の暮らしを、一歩前に押し出すのは「言えない秘密」だと詩人は語ります。「どんなちいさな路地にさえ、路地のたたずまいには、ひとの暮らしのもつ明るい闇が、そこにある。」

「明るい闇」って素敵な言葉です。

これは、長田弘「記憶のつくり方」(晶文社/古書1100円)に収録されている「路地の奥」の一部です。この詩人は、ローマ皇帝マルクス・アウレーリウスの著書「自省録」にあるこんな文章を愛しています。

「そう考えない自由が私にあるのだ」

深い言葉です。付和雷同的に、みんなが一つ意見に賛同する危険がある時、そんなふうに考えない自由を、貴方も私も持っていることを、心に刻んでおきたいものです。

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