澤口たまみ著「新版宮沢賢治愛のうた」(夕書房/古書1300円)は、彼の若き日の恋愛と作品の関係を解き明かした労作です。

宮沢賢治は、生涯恋人もいず、童貞であった。或は擬似的恋愛感情を若くして死んだ妹トシに抱いていたとか、学生時代の後輩の男性に同性愛的感情を抱いていたという説がフツーになっています。しかし、それはおかしくない?まあ、自分のことを引合にだすのはなんですが、10代、20代を振り返っても、女性に触れることに血道を上げていたし、周りの友達もみなそうでした。性欲やら、恋愛感情なしの若い日々なんて信じられない。そんな人物がこんなにも美しい文学を作り上げるのだろうかと常々疑問に思っていました。

「賢治は年譜に記されていない恋をしていた」と、確信めいた思いを持った著者は、丹念に作品を読み漁り、検証作業を積み重ねて、彼には結婚まで考えていた女性がいて、その女性との恋が、彼の小説や詩に少なからず影響を与えていたことに迫っていきます。ただ、思い込みと推理だけで走りだすと、あったような、なかったような女性週刊誌の芸能ゴシップ記事になりかねません。僅かばかりの証拠をもとに、当時の賢治の行動と作品をねばり強く検証してゆく姿勢は、彼への愛情なくしてはありえません。

恋人は大畠ヤスという女性です。大正6年、花巻高等女学校卒業後、小学校の教員をしていました。賢治との出会いは、彼が主宰していたレコードコンサート。普段から、賢治は変わり者と評されていたのですが、美しい日本語で音楽の世界を語る賢治に彼女は惹かれていきます。しかし、賢治とヤスは近所同士の教師同士。賢治の家は金持ちで、彼は変人で有名。一方、ヤスは美人で知られた蕎麦屋の看板娘。万一、二人が付き合っているのが公になったら、大騒ぎになります。人知れず二人は交際を深めていきます。彼女を自分のものにしたいという欲望との葛藤が表れているのが、傑作長編詩「小岩井農場」です。

結局二人の恋は成就しませんでした。賢治最愛の妹が結核でこの世を去り、自らもその疑いがあること、そして二人の家のこと等々、超えられない問題の前で、賢治はこの恋にピリオドを打ちます。

小説「ヤマナシ」の最後「私の幻燈はこれでおしまひであります」二人の恋もまるで幻燈のように消えていったと著者は書いています。

ところで、ヤスは、その後、結核を発病しますが、年齢の離れた医者と結婚し、渡米し、アメリカで生涯を閉じました。彼女が暮らしたシカゴの町から「木と空気の悪いのが悲しくて悲しくて」と書いた手紙を賢治に送っています。故郷、花巻の美しさとそこにいた賢治の姿を思っての言葉だったのかもしれません。

この本で描かれていることが本当だったのかどうかはわかりません。著者の妄想なのかもしれません。ただ私としては、こんな恋の苦しみがあったからこそ、美しい作品を残せたのだと思いたいものです。

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。