村上春樹が、かなりの音楽マニアであることはよく知られています。ロック、ジャズ、ソウル、クラシックとジャンルを問わず、よく聴き、音楽エッセイも何冊か出しています。ジャズレコードを紹介した「ポートレイト・イン・ジャズ」、「意味がなければスイングはない」(文藝春秋/古書800円)等はその代表作でしょう。

音楽好きなだけではなく、彼は自分の作品に多くの曲を登場させています。その曲を紹介しながら、曲が使われた小説を解説するというユニークな栗原裕一郎編集著「村上春樹の100曲」(立東舎/古書1600円)を入手しました。

「僕は十三歳か十四歳の頃からずっと熱心にジャズを聴いてきました。音楽は僕に強い影響を与えました。コードやメロディやリズム、そしてブルースの感覚、そういうものは、僕は小説を書くにあたってとても役に立っています。僕は本当はミュージシャンになりたかったんだろうと思う」とインタビューで答えています。

様々なジャンルの音楽を巧みに小説世界に溶かし込む技術は、独自のものだと思います。最も有名な例が、作品のタイトルにもなった「ノルウェイの森」です。ビートルズ6枚目のアルバム「ラバー・ソウル」の2曲目に収録されている名曲で、ジョージ・ハリスンが奏でるインドの弦楽器シタールの響が特徴的な曲です。小説「ノルウェイの森」には、この曲が三回登場します。一度目は主人公の飛行機が着陸後、耳にするBGMでオーケストラ版が流れます。二度目は、恋人直子の入院している施設で、病院のルームメイトのレイコがピアノでこの曲を弾き、三度目は、やはりレイコが、主人公の家で弾きます。つまり、オリジナルを聴くシーンは一度も登場しないというユニークな設定です。

私の個人的体験を一つ。村上のデビュー作「風の歌を聴け」で、「小指のない女の子」が勤めるレコード屋で、主人公の「僕」がベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」のレコードを買うシーンで、女の子が「グレン・グールドとバックハウス、どっちがいいの」と訊ねてきます。グレン・グールドというピアニストの名前が妙に頭に残り、彼のレコードを買い出したのは、この小説辺りだった様な気がします。映画版では、若き日の小林薫が「僕」に扮し、真行寺 君枝がレコード店の女の子をやっていました。このレコードを探すシーンがあったかどうかは、もう覚えていません。

そんなに春樹ファンではない私が、この本を熱心に読んだのは、はやり春樹の音楽への愛情の深さに触れたかったから。あの曲を、こんな風に使うのか、成る程、と感心しきりでした。

巻末には春樹作品に登場する全音楽リストが付属しています。これを見ていると、「ダンス・ダンス・ダンス」なんて恐ろしく多くの曲が使われているんですね。いや、驚きました。

 

★レティシア書房恒例「夏の古本市」は、8月8日(水)〜19日(日)開催です。