「こんなに明るい街で、多くの人がたいして明るいと思わずに生きている。それが世界的に見て特異なことなのだという自覚が足りない。日本は世界の中でも特別に明るい、光の国なのだ」

という警告で始まるのは中野純「『闇学』入門」(集英社新書/500円)です。古来、日本人は闇を友とし、月光を愛で、蛍を楽しみ、今も続く京都の愛宕詣出の様に夜登山を平気でしていました。しかしいつの間にか、四六時中、どこへ行っても光溢れる国になっています。

著者は、その原因を戦時中の灯火管制にあると指摘します。毎日続く暗闇で怯える日々。「この戦争のせいで、日本人にとって闇は怖ろしいだけのものになってしまった。もう闇なんていらない。」未来は光の中にあると考えた昭和一桁世代が、戦後高度経済成長を牽引します。「光る東芝」、「明るいナショナル」等のメーカーの宣伝文句が、それを物語っています。

そして、部屋全体をまんべんなく照らす蛍光灯の白い光で、部屋を真白にして闇を駆逐していきました。かつては、夜明けと日暮れが交互に訪れる、光と闇のページェントを受けながら暮らしていたはずです。

「闇と光のドラマを失ったこの単調な生活は、知らぬ間に、私たちにとんでもなく強いストレスを与え続けているのではないか」

闇=悪、光=善、という見方に疑問を持った著者は、古の日本文化へと向かいます。「蜩が鳴くと、訪れつつある闇に気持ちが向かう。秋の虫の音は、闇がそこにあることをしみじみと感じさせてくれる。虫は夜の闇を呼び、夜の闇を楽しむ装置だった。」ことは、多くの文学作品にある通りです。蛍狩りなど闇があって成立する文化ですね。日本人がいかに闇から恩恵を受けていたかということを、文学、信仰、風俗等あらゆるジャンルを通して証明していきます。

試しに、夜、部屋の電気を全て消してみて下さい。暫くは真っ暗ですが、やがてほんわかと周りが見えてくる。そして、落ちつく。その当たり前のことを、この本はしっかりと見つめていきます。私たちが日頃感じているストレスも、暗闇の中にひっそりと過ごせば、解消されるかもしれません。

24時間明るい状態にしているのは何故なんだろうか、という疑問に対しては、原発だと言い切っています。夜の電力需要は、昼間に比べて激減します。原発によって生じた夜の電力供給に、どんどん余裕が生じます。深夜の電力需要が上がれば、原発の存在価値も上がる。

「原発を推進していくなら深夜にいくら電気を使ってもかまわないし、深夜に電気を使いまくることこそが、原発とお国のためになる」と結んでいます。

今夜から電気を消して、夜空を眺めてみませんか。ひょっとして円盤が視界を横切るかも……..。

なお、暗がりの美学を追求した谷崎潤一郎の名著「陰翳礼賛」の文章と、大川裕弘の美しい写真とのコラボレーション、ビジュアル版「陰翳礼賛」(PIE/新刊2052円)も店に置いています。京都の老舗で撮影された作品も何点かあります。素敵です。