上村亮平が、すばる文学賞を受賞した「みずうみのほうへ」(集英社/古書650円)は、いわゆる純文学純度の高い作品です。帯に江國香織が「完成度が高く、作品世界に手ざわりがある。」と書いています。

「ぼく」の七歳の誕生日、父と一緒に乗った船上で父が忽然と消えます。「ぼく」が、たった一人船に残されるところから物語はスタートします。この小説は、登場人物に名前がありません。唯一名前で登場するのはサイモンですが、彼は、船の甲板で父と遊んだゲームに出てきた男の名前です。伯父に引き取られた「ぼく」は大人になり、ゲームに出てきたサイモンと同じ名前の男に出会います。

ぼくが大きくなるにつれて、同級生の女子やら、憧れの女性が登場してきますが、すべて彼女、もしくは女の子という表現です。だから、どれがどの女性なのか判別できず、さらに時制が、過去と現在を行きつ戻りつするので、迷路の中で立ち往生してしまいそうでした。もちろん、舞台設定に具体的地名がありません。おそらく東ヨーロッパの港町とか、アイスホッケーを見に行くシーンが登場するのでカナダのどこか、或は北海道の漁港……..。とにかく具体的な名称は、消されています。こういう小説って、ちょっとなぁ〜と思われる方もおられるかもしれません。でも、こんな文章を読んでみて下さい。

「空には白い月がでていた。くっきりと夜を切り抜いたような月だ。染み出した冷たい光が空をのみこんでいる。灰色のあばたもよく見える。月が夜気を放射しているのを見ていると喉の奥を寒気が滑り落ちた。空気が薄くなり、時間もすうっと潮のようにひいてゆく。」

静寂に満ちて、冷たさと鋭さが見え隠れする文体で進行します。ダラダラ読んでいると、足下をすくわれてしまいそうです。最後まで登場するサイモンという男の、不気味さと優しさに戸惑いながらも、私はこの本から離れられませんでした。どこへ連れていかれるんだろう、その不安が楽しみな一冊でした。

「月は完全に満ち、ひとつの世界が閉じた音をぼくは聞く。ベンチにうずくまったまま、じっとしている。次から次へと、魚の亡骸が、にぶい地鳴りのような音をたてながら目の前に積もっていく。腕を親指ほどの肉片が芋虫のように這っている」などというおぞましい文章も、そこだけ突出しているわけではなく、この不思議な物語の一部を構成しているのです。月が妖しく光り、ぼくの前に度々現れる湖の静かさが強く残る物語です。

著者は1978年大阪生まれで、関西大学を卒業。神戸在住。是非、関西弁で不可思議な物語を紡いで欲しいものです。

 

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カレンダーの犬や猫たちついては、撮影者の児玉さんのブログにも書かれています。

 

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