岩城保子の「世間知らず」(集英社/古書950円)を読みました。主人公は、画家志望の女性です。自立を目指しながらも、職業を点々としてほぼ無職状態。アルコール依存症に陥り、あげくに同性愛者の男性、夏樹の家に転がり込み、食べさせてもらっている毎日。再婚した父と、新しい母との間にできた双子の姉妹とは顔を合わせれば喧嘩ばかりで、さらに酒にのめり込む日々を、この女性の語りで描いた物語です。

どんどんページを捲っていきました。主人公は友人に誘われて、飢えた子どもたちを支援する慈善事業に参加します。しかし、この時の彼女の思いはこうです。

「飢えた彼らの痩せ衰えた臓器に切なさを感じたからではなく、酒やタバコや不満で擦り切れた自分自身の臓器が、彼らのそれと同じに不憫だと感じたための自己憐憫のせいだったのだろう。彼らへの救済は自分自身の救済。それだけのことだ。」

彼女は、この会への参加を通して、自分をリセットするなんて気持ちは全くありませんでした。そして、ここに参加する女性たちを「掃除や洗濯や育児に追い回される日常の中での、ささやかな気晴らしを求める欲がふんだんに含まれていたに違いなかった。」と決めつけます。

深酒の日々が延々続きます。あるクリスマスの日、彼女は父親に呼び出されます。父は真っ当で安定した生活を娘に望むのですが、彼女は「健康で長生き。それだけが人生の目的であるような男が、かつては妻を見捨て、別の女の腹に双子を身ごもらせるという一端の冒険をしてみせたなんて、咎めるより、むしろ褒めてやるべきなのかもしれない。」と軽蔑の念をあらわにします。

席を立ち、外へ飛び出した彼女を父親が追いかけます。逃げる彼女。父は突っ込んできた車にぶつかり死亡。しかし、彼女は現場を去ります。そして思うのは、「血の喪失。私はもしかしたら、この日が来るのを心のどこかで待ち望んでいたのかもしれない。父親がいる限りは、私は自分がこの世に存在する理由を父親の存在を通してあれやこれやと理屈づける煩わしさに捕われ続ける。」ということです。不道徳なのか、酔っぱらっているのか…….。

酒に痛めつけられた臓器は悲鳴を上げ、腹痛がおき、トイレにかけ込みます。「クリスマスに下痢に苛まれていることを、世間で不幸というのだろう。そう、不幸な人生なのです。」

こんな女性の物語がハッピーエンドで幕が下りるわけがありません。しかし、単純な結末を用意していないところが見事であり、また恐ろしくもあります。本作が第21回のすばる文学賞を受賞した時、選考委員の作家三木卓は「わたしは何よりも語り手であるヒロインの気持ちが身にしみた。それは作者が素直な気持ちでひたすら綴っているからで、素直ということは強いということである」と書いています。

白々しい作為や、過剰な物語性を求めずに書ききった作者の強さに脱帽です。へらへらしたハッピーエンディングのドラマに食傷気味の方には、超お薦めです。

 

★釧路ヒッコリーハウスオーナー安藤誠の「ネイチャートーク」が決定しました。

10月27日(土)19時スタートです。参加費は2000円です(要予約