鹿島田真希が芥川賞を受賞した「冥途めぐり」(河出書房新社/古書700円)は、発作で脳に障害が出来て車椅子生活を余儀無くされた夫と、妻が一泊の旅に出る物語です。こういうシチュエーションって、辛い生活の話がいっぱい登場しそうなのですが、これは違います。

主人公奈津子の家は、かつては栄華を極めた一族でした。高級リゾートホテルに一家で出かけ、高級なドレスを身に纏い、ダンスを楽しむ、そんな生活でした。母親はかつての栄光を忘れられず、弟も贅沢三昧の日々を再びと願っています。昔利用していた高級ホテルが、超格安で泊れることを知った彼女は、そのホテルへ夫の太一と共に向かいます。

「母親は父親が亡くなった時から奈津子が連れてくる男に期待していたのだろう。弟もそうなのだ。母親と弟は太一からすべべてをせしめてしまうだろう。金だけではない。誇りも。全て。太一は全てを失うだろう。彼女たちは自分たちはなにもしなくても与えられる側の人間だと思っている。なんの根拠もなくそう思っているのだ。母親にとって、男というのは搾取の対象でしかないのだから。母は、女であるというだけで、男に対してそういう態度をとってもいいと思っている。」

奈津子は、母親への憎しみと哀れみの渦の中にいます。そんな時、訪れた元高級ホテルは落ちぶれていました。大ホールには、美しい調度品やら家具は何もない有様。太一が「ここ、なにもないね」と奈津子へ言い放ちます。

「そう、このサロンにはなにもない。見事になにもないのだ。あるのは喪失だけだ。母親が持っていたあらゆる快楽の喪失。」

裕福だった祖父が亡くなり、父が原因不明の病でこの世を去ったあたりから、一家は貧困に蝕まれていきます。しかし、母親と弟は現実を直視することなく、心が停止したまま、栄華の再来だけを望んで生きています。

「もうとっくに、希望も未来もないのに、そのことに気づかない人たちと長い時間過ごす」その辛さを奈津子は知っています。突然怒り狂う母親、借金してもなお高価な食事と酒にのめり込む弟。私はここから逃げ出せない……..。

しかし、車椅子に乗って海を観たり、温泉に入れてもらって楽しむ太一を見ていてふと思う。彼が奈津子の母から受けた仕打ちや、突然襲った病や、その後の生活について、何も語らないのは何故かと。彼は何も考えていないのでは?

「晴の日は服を脱ぎ、雨の日は傘を差す。きっとその程度にしか考えていないのだ。季節が変われば『今日は、いつもよりあったかいや』と呟いたりして。あらゆる猛威を前にして身をさらし、束の間の休息をとる。そうやって生きてきたのだ。普通なら考える。もうたくさんだ、うんざりだ。この不公平とは、と。だけど太一は考えない。太一の世界の中に、不公平があるのは当たり前で、太一の世界は、不公平を呑み込んでしまう。たとえそれがまずかろうが毒であろうが。」

放漫と浪費の悪魔に蝕まれそうだった奈津子の魂は、一人の男の発作でリセットされたのではないのか?もし彼が倒れなかったら、すべて食いつぶされたかもしれない。 太一の発作は、奈津子の人生の発作だったのかもしれない。そう確信した奈津子が、新しい車椅子に乗って買い物にゆく太一を見送るところで物語は終ります。

太一は救世主のような人だった。奈津子が家族の呪縛から抜け出 すことができたことを臭わすラストが印象的です。人によっては、この終わりは甘いと感じる方もおられるでしょう。でも、私はこういう物語の作り方は好きですね。