オフィル・ラウル・グレイツァ初監督による「彼が愛したケーキ職人」(イスラエル映画)は、今年のマイベスト10に入る、優しくて、愛おしい映画でした。

イスラエルのエルサレムでカフェを営むアナトは、夫と一人息子の三人家族です。夫のオーレンは、出張先のドイツのベルリンで行きつけの店のケーキ職人のトーマスと恋に落ちます。オーレンは妻を愛しながらも、同性愛者だったという設定です。こう書くと、なんかドロドロした展開を思い浮かべる方もおられるかもしれませんが、全く違います。抑制の効いたダイアローグ、控え目な音楽、チャラチャラ動かないカメラ、そっと室内に射し込む外光を演出した照明と、極めて静謐な映画的表現で物語は進んでいきます。

オーレンと突然連絡がとれなくなったトーマスは、エルサレムまでやってきて、オーレンが交通事故で亡くなったことを知ります。彼を忘れられないトーマスは、素性を隠したまま妻のアナトの店でアルバイトとして働き出します。愛した人がエルサレムでどんな生活をしていたのか、ただただ知りたいという気持ちで一杯でした。彼が身につけていたスイムパンツを履いてプールに佇むシーンはとても切ない場面です。

最初は単なるバイトとして見ていたアナトでしたが、トーマスの作る美味しいクッキーやケーキに魅かれていき、そして彼に愛情を感じ始めます。アナトや息子と仲良くなっていくトーマスですが、観客の私たちは、こんな幸せがイスラム社会で長くは続かないことはよくわかっています。問題は終り方です。

 トーマスとアナトの慎ましい日々の幸福を静かに描きながら、アナトの心情に深く入っていきます。彼女は、トーマスと夫とのことを知ることになりますが、この辺りのストイックな演出は見事です。彼を許せるのか、許せないのか、愛しているのか……。非常に微妙で複雑なアナトの心を見つめます。心は深く傷つくのですが、ラスト、ベルリンへと向かったアナトが、目の前に広がる青空を見て微笑むところで映画は幕を閉じます。そこに私は希望を感じました。映画だけが持つ、本来の表現力を生かしきった見事な作品です。絶対にお薦めです!

 

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