斎藤美奈子の「日本の同時代小説」(岩浪新書/古書450円)は、眠たくなる様な退屈な文学史本とは全く違い、痛快さに満ち溢れています。

1960年代から2010年代までの文学の大きな流れを、エポックメイキングな作品を中心にして描いています。ケイタイ小説や、ネットの伝言板を元にした小説までもが取上げられているのは、おそらく史上初の試みではないでしょうか。

のっけから、痛快です。「日本の近代小説の主人公は、概してみんな内面に屈折を抱えた『ヘタレな知識人』『ヤワなインテリ』たちでした。外形的に言うと『いつまでグズグズ悩んでんのよ』とドつきたくなるような性向を彼らは持っていた」で始まります。

60年代を「知識人の凋落」、70年代を「記録文学の時代」、80年代を「遊園地化する純文学」、90年代を「女性作家の台頭、2000年代を「戦争と格差社会」、2010年代を「ディストピアを超えて」と言うキーワードで括り、文学が切りこむ、その時代時代の姿に迫っていきます。それもノラリクラリではなく、もう全力疾走で。

世界ではベルリンの壁が崩壊し、日本では昭和から平成になっていった90年代を「女性作家の時代でした。」と位置づけます。その理由はこうです。

「文壇もまた長い間、男性社会でした。(かつて純文学の主流がヘタレな知識人予備軍だったことを思い出してください)。しかし。各種文学賞に女性作家が選考委員として加わり文芸誌の編集者や新聞の文芸担当者にも女性が増えれば、自ずと雰囲気も作品評価も変わります。」

さらに、90年代初頭には、文学界ではもう書くべき対象がないという雰囲気が漂っていましたが、様々な壁と偏見の前で動けなかった女性たちが、その閉塞感を破り、まだまだ書かれていなかった材料に挑戦していったのです。90年代前半は、笙野頼子、多和田葉子、松浦理英子がリード、後半に入ると、エンタメ系では高村薫、宮部みゆき、桐野夏生が、純文学系では、川上弘美、小川洋子、角田光代が、青春小説系では、江國香織、姫野カオルコ、藤野千代が、児童文学系からは、梨木香歩、森絵都、湯本香樹実が、そしてファンタジー系からは、恩田陸が登場します。この人たち、今も第一線にいて新刊を出しているのは、みなさんご存知の通りです。蛇足ながら、女性作家に混じってがんばった渡辺淳一の「失楽園」は「美食三昧、性交三昧。バブル時代を懐かしむかのような小説」と評価されています。 

村上春樹の「1973年のピンボール」の登場が1980年。この時代に出た本は、私が読書に熱中した時とシンクロしているので、あぁ、そうだった、こういう本あったなぁと、その頃を振り返りながら読んでいきました。2000年時代は、私事でいえば新刊書店の店長として大きな店舗を任されていた頃ですが、ケイタイ小説が登場し、インターネットに押され、本の売上げが急速に低下していきました。そして、2010年代。震災小説、介護小説、新しいプロレタリア文学と、未来の見えない時代を象徴するような作品が登場してきます。

ここまで、よくぞ描ききった! 斎藤美奈子の本はかなり読んできましたが、これは彼女の仕事としてはベスト1になるのではないかと思います。読書欲モリモリになってきます。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。今回も25店舗程が参加します。お楽しみに!

イベントのお知らせ「宮沢賢治 愛のうた 百年の謎解き」

2019年1月18日(金)19時より、「新叛宮沢賢治 愛のうた」を出された澤口たまみさんとベーシスト石澤由男さんをお迎えしてトーク&ライブを行います。予約受付中(1500円)レティシア書房075−212−1772(ただし、来年1月7日まで休業いたしますので、電話はつながりません。よろしくお願いします。)