山下達郎が結成したバンド「シュガーベイブ」は、アルバム「SONGS」(2500円/LP)だけリリースして解散しました。が、シティーポップの先駆けとして、いまだに人気の高いアルバムです。このバンドで、ベースを担当していたのが寺尾次郎。彼はバンド解散後、音楽界を去り映画界に転身。翻訳家として、多くのフランス映画の翻訳に関わり、二度とベースを弾くことなく昨年6月、63才で亡くなりました。

その娘の寺尾紗穂のエッセイ「翠星の孤独」(スタンドブックス/1400円)を読みました。父と同じく音楽と文筆の道に進みましたが、この本は、音楽家として一流だった父へのオマージュではありません。彼女が幼少の時、家を出て別の仕事場で暮らし始めた父は、年に数回しか家には戻ってきませんでした。

「私にとって父親は思い入れを持つには遠い人になり過ぎていた。時折CDや映画のビデオテーテープなんかを送ってきてくれたが、それはちょうど親切な親戚のおじさんから送られてくるような感じだった。」と回想しています。

そんな彼女も恋をし、子供を産み、そして辛い別れを経験してきました。一人の自立した女性が見つめた日常が、社会が、世界が書かれています。最後の章は、「二つの翠星ー父・寺尾次郎の死に寄せて」というタイトルで遠すぎた父の背中を描いています。

「つくづく私の人生はイレギュラーだ。未婚の母として長女を産み、そのまま次女三女が生まれた。三女が生まれて翌年、一度結婚することになったが、結局離婚に大きな労力を使った末、今は無事シングルに戻った。」

それでも、立ち止まることなく彼女は音楽を作り続けます。

「人と人との関係も音楽のように目には見えなくても、ある日突然途切れたり、転調しうるはかなさを持っている。私たちはたよりなさを生きる。たよりない日々を生き、憤ったり悲しんだりしながら、自らを抱えている。それでも人が生きていくのは、いがみ合ったり争ったりするためではなく、調和の音を鳴らすためだと信じている。音も狂い、加えて不況和音が鳴り始めているように思われるこの世界の中で。せめて一時、あなたと美しい音楽を奏でたいと思う。」

自分の立ち位置をしっかりと定め、「不況和音が鳴り始めている」世界をみつめます。原発労働者の悲惨な実態を書いた「原発と私」を読むと、「シュガーベイブ」に在籍していて、彼女の敬愛する大貫妙子が、六ケ所村について語る雑誌インタビューにも、「一通り目を通しはしたものの、これといって自分の中で原発が大きな問題となるということもなく、そのまま日常を送っていた。」程度とあります。しかし、ある労働者との出会いをきっかけに、その実態を知るために多くの本を読破して、その過程で彼女が感じたことが克明に書かれています。日常の些細な事柄から、社会の歪みに至るまで、時には怒りに満ちた文章で綴られたエッセイです。

蛇足ながら、現在彼女は、昨日紹介した斎藤美奈子と共に朝日新聞書評委員として活躍しています。

 

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