ドン・ユエ監督の長編映画デビューの中国映画「迫り来る嵐」。入場料を支払って、暗澹たる気分で映画館を出る”快感”を、たっぷり味わいたい方にお薦めです。映画館を出て、宵闇迫る京都の大通りに立つビル群の明かりを目にした時、自分が幸せな場所にいるとしみじみ思いました。

1997年。中国の片田舎に立つ大きな工場は、24時間体制で稼働しているのですが、何を作っている所なのかは説明がありません。舞台は、この工場と付近の町です。全編雨が降り続いていて、青空は全くありません。土砂降りで雷が鳴り響き、ぬかるんだ道。映画「ブレードランナー」でも全編雨は降っていましたが、この映画に比べれば穏やかに感じます。

そんな場末感一杯の町で、若い女性ばかりを狙った猟奇殺人事件が連続して起こります。工場の警備主任ユィは、刑事気取りで首を突っ込みます。そして、警察の情報をもとに犯人を追い詰めていきます。映画中程で登場する追跡シーンは、映画史に残る迫力です。剥き出しの鉄骨に覆われた工場、隣接する貨物駅と列車群、そして土砂降りの雨。犯人を執拗に追いかけるユィ。

ところが、映画は途中から犯罪映画路線を逸脱していきます。刑事たちや町の住人、そしてユィの恋人も、まるでこの猟奇殺人事件に興味がなく、一人、ユィだけが熱くなっているのです。それが最後に悲劇を生むのですが…….。

この時代、中国は経済発展に向けて猛進し、社会が激変した時代でした。かつての共産主義国家のもとで統制された工場は廃れていき、人々は都市へ向かい出します。空虚で、無機質な雰囲気を、灰色の映像が見事に描いています。映画は、犯人探しよりも、空回りするユィの心の闇に向かいます。

「どこにでもいるような人物が、時代の性質しだいで、いかに影響を受けるかを描くことで、その時代をむき出しにし、その社会の精神性みたいなものを浮き彫りにしたい。」と、監督はこの映画について語っています。

ラスト、映画は2008年に飛びます。ユィが勤務していた工場が、ショッピングセンター建築のため爆破されるのです。かつての工員たちが見つめる中、工場は崩れ落ちていきます。誰一人、幸せそうな顔の人はいません。薄汚れ、生きているのか、死んでいるのかわからない表情です。希望という言葉は泥にまみれ、激しい雨に流されてゆき、悪寒が走ります。

しかし、さらに観客は、これほど無惨な人生はないというシーンに直面して席を立つことになります。ぜひ、映画館で震え慄いてください。

 

★レティシア書房 恒例「女子の古本市」は2/6(水)~2/17(日)です。出店者は女子ですが、もちろんどなたでもご来店くださいませ!今回も25店程にご参加いただきます。お楽しみに!

 

Tagged with: