高山羽根子の新作「居た場所」(河出書房新社/古書900円)を読みました。この作家のものでは、パチンコ店の屋上で拾った奇妙な犬のような動物を飼育する三姉妹の人生をシュールに、時折ユーモラスに描いた「うどんキツネつきの」を読んだ記憶があります。「居た場所」は、第160回の芥川賞候補作品ということなので、ヘェ〜SF小説から純文学に進出してきたんだとページを開けました。

物語自体はあまり面白くありません。が、ここに登場する迷路のような街角に連れ出され、白昼夢のような世界を見せてくれる描写が面白い!

酒蔵を営む主人公の「私」と、妻となった「小翠(シャオツイ)」は、彼女のうまれ育った街(恐らく中国)、そして初めて一人暮らしをした街(恐らく香港あたり)を訪ねます。旅の準備をしている時、なぜか小翠の暮らしていた地域はPC上の地図に表示されません。その表示されない街を、二人は彷徨い歩きていきます。そして、彼女がかつて寝起きしていた廃墟で起こる不思議な出来事。この廃墟の描き方と出来事は、さすがSF小説から出てきた作家だと思います。

小翠は真っさらな地図に、歩いた場所見た場所を書き込んでいきます。執拗に自分がいた場所に拘る小翠。戸惑いながらも付いてゆく私。この街の描写がいいのです。シャープな映像表現ができる監督に、映像化してほしい。

ところで、私たちがかつていた場所にふと立ち戻ったとき、最初に感じるのは”懐かしさ “です。ここに小学校があった、よく遊んだ友達がいた、駄菓子屋があった等々。もし跡形も無くなっていたら、頭の中で私たちは居た場所を再生しようとします。長い時間の経過でズレてしまった、誰にもある居た場所。小翠は、その再生を空白の地図に書き込むことで確かめようとしているのかもしれません。或いは、そうでないかもしれません。最後まで消化することなく小説は終わるのですが、この不思議な街に戻りたくなってくるのは何故でしょう。

「さっきまで私の目の前にあった小翠の肩は、だんだん遠くになってゆく。私はその小さくて簡単な景色に混ざってしまいそうな肩先を、はらはらした気持ちで追いかける。人混みの体温が近くてべたべたした空気の中で、たくさんの派手な色の肩たちに埋まって見えなくなりかけている彼女を、眼で追いかけた。」

この街で、小翠を追いかけたい気持ちになる力を持った小説です。