レバノンの首都ベイルート。シリアと同じく長い内戦(75年-90年)を経験したこの都市は、美しい街並みで多くの観光客を魅了していますが、一方で、建設ブームに沸く海岸沿いは、超高層ビルの乱開発が進んでいます。内戦で家を奪われた多くのシリア人が、これらの建設現場の劣悪な環境で労働を強いられている状況をドキュメントしたのが、ジアード・クルス−ム監督の「セメントの記憶」です。

のっけから、超高層ビルを俯瞰で捉えたシーンが登場して、「2001年宇宙への旅」に登場するモノリスじゃないの??と思ってしまいました。かなり凝ったカメラワークと構図で、なんだかドキュメンタリーというより、アート作品を観ている気分。それも、SF映画的な世界が展開してゆくのです。ラストには、「2001年」で宇宙飛行士が体験する異次元トリップと同じようなシーンが用意されています。

だからと言って、この映画が上滑りに、今のベイルートで働く労働者を描いているのではありません。まず、驚かされるのは、彼らは建築中のビルの地下に寝泊まりしているのです。しかも、「夜七時以降のシリア人労働者の外出禁止」というベイルートの方針で、穴蔵みたいな場所で、黙々と食事をし、携帯を弄り、TVを漫然と見つめ、朝になると、地下室の階段を上がり、そびえ立つビルの現場へと向かいます。祖国を亡命した若き元シリア兵のジアード・クルスーム監督は、大げさな表現に走らずに、静かに彼らを見つめていきます。ふと気がつくと、美しいフォルムを誇る高層ビルが、シリア人労働者の自由と生活を押さえつける禍々しい存在に見えてくるのです。

そして映画後半で、彼らが体験した地獄に私たちは付き合うことになります。焼け野原同然の市街で発砲する戦車。爆撃で倒れたビルの中から聞こえてくる子供の泣き声。断末魔の猫の表情。それでも、監督は感情的になることなく冷静に、いや冷酷に見つめていきます。だからこそ、怖い。

喪失と悲しみの記憶を、高度に完成された映像で描き切った、稀にみるドキュメンタリー映画です。世界各国で多くの賞を受賞をしたのもわかります。

「海外で働くすべての労働者に捧ぐ」というテロップが最後に流れます。シリア人の受難は、彼らだけのものではなく全世界共通のものだという、監督のメッセージです。

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