大半をアラスカで過ごし、オーロラやここに生きる動物たちを撮影している写真家、松本紀生著「極北のひかり」(Creuus/古書1300円)を読んでいて、不覚にも泣いてしまいました。なんて、この著者は幸せ者なんだろう。

それはアラスカの荒野でキャンプをしている時のことです。近くに狼の小さな群れが来ていることに気づいた著者は、彼らに語りかけようとして、遠吠えの真似をします。「ワオーーーー」と声を張り上げますが、無反応でした。ところが暫くして、「アウ〜〜〜〜〜」と応えたのです。

「鳥肌がたった。野生のオオカミが返事をしてくれたのである。どう贔屓目に聞いても狼のものではないニセの遠吠えに対して、人間を避けるようにして生きる孤高の野生動物が声を返してくれたのである。」

その後も、彼らは反応をしてくれました。「相手の遠吠えに対してこちらが吠える。するとそれに対してまた相手が吠える。そうすることで、あたかも野生動物と自分との間で会話が成立しているかのような錯覚を覚えたのである。」

この話には続きがあって、翌年、同じ場所にキャンプをした時、やはりその狼たちが、やってきたのです。そして、同じように彼の遠吠えに応えたのです。

「顎を反らして、耳を下げ、うっすらと目を閉じながら、腹を震わせるような野太い声を返してくれたのです。折しも昇り始めた太陽が、遠吠えで発せられた吐息を逆光で浮かび上がらせていた。」

彼が撮影した白オオカミの写真が載っています。この経験を生涯忘れることはないと著者は書いています。過酷な自然の中に身を置かないと経験できない至上の喜びが、この本にはあふれています。

その後も、この地に来ると遠吠えをしてみるのですが、反応はありません。

「それでもよかった。声を交わしあうことなどできなくても、彼らがどこか近くで暮らしていると想像するだけで、心が温かくなる気がした。オオカミが生きていけるだけの汚れのない自然がまだこの世には残っていると感じられるだけで、充分だった。」

自分の生き方を模索し、アラスカに出会い、極北の厳しい自然の中に身を置いてマイナス四十度の世界で見つけたもの。自分はどう生きるのかを探す彼の旅に参加してみませんか。

とても素敵な本でした。