「ビルのまちに ガオー 夜のハイウェイに ガオー ダダダダ ダーンと たまがくる」

はい、この曲を歌える人は、ぜひ泉麻人著「冗談音楽の怪人三木鶏郎」(新潮選書/古書1000円)を読んでください。1963年、正月より放映の始まったTVアニメ「鉄人28号」(原作/手塚治虫)のテーマ曲です。昭和31年生まれの筆者は「僕にとって三木鶏郎といえば、まず『鉄人28号』なのだ。」と書いていますが、ほぼ同世代の私も、TVの前に居ました。

三木鶏郎の名前を聞いて、あ〜あの人かと思い起こせる人は、おそらく60代から上の世代でしょう。昭和20年代に彼が製作した人気ラジオ番組「日曜娯楽版」は、さすがに聞いたことがありませんが、昭和30年代から、TVに登場する数々のCMソング、例えば「ジンジン仁丹」とか、「カーンカン鐘紡〜」とかは、なんとなく覚えています。中でも、ポップシンガーの弘田三枝子を引っ張り出して、田辺製薬が発売した栄養ドリンク「アスパラ」のCMソングは、よく覚えています。「アスパラ アスパラ アスパラでやりぬこう」のフレーズは、小学校でも皆歌っていました。

戦後のラジオとCMソングで、世の人々を惹きつけた三木鶏郎という人物を、著者は当時の彼を知る人間に会い、また残っている様々な資料を精査し、足を使って取材をしています。「労作」という言葉がぴったりの一冊です。弘田三枝子にもインタビューしているから驚きです。

終戦直後、NHKに歌とコントを持ち込み、変てこな番組を国民的ラジオ番組にしてしまい、その中で使われた時事ネタのコントで多くの政治家を怒らせました。時の首相吉田茂をネタにして笑いにして、息子である吉田健一が、「愚劣な吉田攻撃」と自らの随筆で書いているぐらいです。(今のマスコミには絶対に真似できませんね。)

民間放送局が放送を開始すると、すかさずCMソングを製作し、消費時代の幕開けを牽引しました。日本初のCMソング、小西六写真工業のCMも彼でした。さらに彼は活躍の場を広げ、ディズニー映画「ダンボ」(1954年)の英語の歌を日本語にする仕事に携わります。「わんわん物語」では、翻訳以外にも声優のキャスティングに参加していきます。

いわば戦後の日本のポップカルチャーの先頭を走り抜けた男、三木鶏郎。この男の自伝は、ある面の日本の戦後の姿を見事に捉えています。ちなみに松下電気(現パナソニック)のCMソング「明るいナショナル」は、youtubeで白黒TV映像と共に見ることができます。