北海道の原野に、ぽつんと建っている丸太小屋に住み、畑を耕し自給自足の暮らしを続ける弁造爺さん。弁造さんに14年間もの長い間付き合って来た写真家、奥山淳志の「庭とエスキース」(みすず書房/古書2500円)は、何よりも文章が心に染み込む本です。難しい言葉を使うことなく簡潔な表現で、弁造爺さんの日々の生活を描き、移ろいゆく北海道の自然の姿を的確に捉えていきながら、生きることの意味を思索してゆきます。

こんな文章に出会うと、自分の文章の未熟さを痛感します。著者は、小説家でも評論家でもなく、写真家ですが、ここまで描けるのかと何度も何度も思いながら、約300ページの本作を読みきりました。

「日本の木々の紅葉はどこか沈んだ色彩を持っている。一見鮮やかに見える赤や黄色の底には黒が混ざり、それがこの列島の自然特有の落ち着いた秋の表情を作り出しているとしたら、メープルは歌うように鮮やかで明るい秋の表情を作り出す。葉がまとった赤と黄色の底は一切の濁りもなく透明だった。そうした葉が無数となって、空に伸びる幹と枝を覆い包み、秋が深まると風に乗って舞った。そして、宙から舞った色彩は幹の周りを埋め尽くした。それはいつまでも見惚れるほどの秋の終わりの光景だった。」

写真家ならではの観察眼に裏付けられた文章。どう転んでも私には書けません。

「自分のものではない誰かの人生を満たしている日々の時間に触れてみたい」と思っていた著者の前に弁造さんが現れます。大正九年生まれの弁造さんは、明治からこの地で生きて来た開拓民の最後の世代。土地を開墾し、畑を耕し、丸太小屋を建てて、一人で暮らしていました。彼が丹念に手入れをして大きくした森の姿をカメラに収めています。1998年4月に弁造さんに出会い、2012年の春彼が逝ってしまうまで、彼の丸太小屋に愛犬さくらと共に訪ね、寝食を共にして来ました。

弁造さんは、若い時画家を目指したことがありましたが、様々な事情からその道を諦めました。それでも絵を描くことへの情熱を持ち続け、小屋の中でキャンバスを立てて絵に没頭することもありました。

「僕は弁造さんの自給自足へのアイデアと工夫を知れば知るほど興味を深めた。しかし、その自給自足の庭は弁造さんの一部でしかなかった。弁造さんの『生きること』の中には、自給自足も、諦めた絵描きへの夢も、再燃する絵描きへの切望も、混ざり合いながら全てが詰まっていた。」

開拓民の末裔の男の丸ごとの人生を通して、著者は彼が亡くなった後も、自身の「生きる」ことの意味を探り続けています。これは、一人のカメラマンが原野に生きる一人の男と対峙し、彼の生と死を見つめることで、自身の人生に彼の人生の知恵と思索を取り込んでいった、いわば哲学書なのです。いい本に出会えたと思っています。

★連休のご案内  8月5日(月))6日(火)は恒例「レティシア書房 夏の古本市」(8/7〜8/18 参加27店舗)の準備のためにお休みさせていただきます。