梨木香歩の初エッセイ集「やがて満ちてくる光の」(新潮社/800円)を、読み終わりました。職業作家としてデビューした頃から25年間、様々な雑誌に掲載されたものを中心に集められています。社会のこと、人間のこと、自然界のことなど作家のアンテナに引っ掛かったものが、彼女らしいきっちりした文章で書かれています。

2014年、オーストラリアで起こった人質事件について書かれた「英雄にならなくても」は、昨今の物騒な言動ばかり目立つ我が国の現状に切り込んだ内容なので、紹介いたします。この事件、犯人がイスラーム教に関係していた時期があった事から、ムスリム社会へのバッシングが危惧されていました。とある女性がツイッターにこんな書き込みをしました。

「私の横に座っていたムスリムと思われる女性が、(ムスリムとわかって敵意や攻撃を受けるのを避けるため)そっと彼女のヒジャーブを外した。駅に着いて、私は彼女を追いかけて言った『それ、着けたら?私、いっしょにに歩くから』彼女は泣き出し、私を抱きしめた 一分間ほど。」

その後多くのリツィートがあり、ささやかな善意の存在が知れ渡りました。

「この『いっしょにいるよ』運動は、何も過激派に対する過激な反対運動でも、ムスリムの人たちをずっとガードして回る、というような自分を徹底的に犠牲にして誰かのために尽くす、というヒロイックなものでもない。ただ、いっしょにいる『その場』で、彼女たち、彼たちに、私はあなたの敵ではないよ、そばにいるよ、といっているだけなのだ。」

反韓を助長する愚かなメディア、政治家どもが跋扈する今、英雄にならずともほんの少しの勇気で、出自や宗教の違いで辛い環境にいる人たちを救うことができる。梨木はこの文章をこんな風に締めくくっています。

「針の筵にいるような思いをしているひとが、目の前にいたら、そっと微笑みかけてあげる、そっと傍に立ってあげる、彼女たち、彼たちを疎外しない、孤立させない、それだけのこと。」

もう一つ紹介します。「きょうの仕事に向かう」というエッセイで、仕事に向かう姿勢を語っています。有機無農薬で畑をしている伊藤さんが、延々と夏の草刈りをやっていて、ふと始めた場所を見ると、すでに草が伸び始めている。「でも、黙々とやっていたら、いつかは終わる。仕事ってそんなものだと思うんですよ。」という言葉に感銘した彼女は、「自分のできることを、ただ黙々とやっていく。そうすれば、どんなつらい仕事も、いつかは終わる。呪文のようにこのことばを唱えて、今日も今日の仕事に向かう。」

確かな言葉が、響いてくるエッセイ集です。なお、この本、出たばかり新刊の古本ですが、表紙にシミがあります。だから、定価の半額ですが、中身は美本です!お早めに。