海外文学で台湾、韓国の作家が注目されています。白水社エクス・リブリスという海外文学シリーズに、若手の旬な作家の作品が集められています。その中の一冊、呉明益の「歩道橋の魔術師」(古書/1800円)を読みました。

今年、最も鮮やかな印象を残す短編集でした。ノスタルジックな雰囲気に抱きしめられて、読書の快楽を思い切り感じさせてくれました。

呉明益は、1971年台北生まれのエッセイスト、小説家です。本作品には、タイトルになっている「歩道橋の魔術師」のほか、10作品の短編が収められています。そして、幾つかの作品に魔術師が登場し、物語に深い幻想的雰囲気を出しています。

舞台は、戒厳令解除(1987年)の前夜、台北の繁華街「中華商場」。経済成長の熱気ムンムンの商店街に生きる子どもたちが、遊び、学び、働いている姿には、日本の昭和30年代〜40年代のノスタルジックな雰囲気が濃厚です。作者自身、尚場で青年期を過ごしています。だからと言って、そんな気分だけの物語ではありません。

歩道橋に魔術師がいて、現実世界とは違う世界を見せてくれる。しかし、それはともすれば、子どもたちを、現実とイリュージョンの彼方へと引きずりこみます。ただ、物語の視点は、大人になった子どもたちのそれであり、あの時代を見つめ、すでに自分の人生の方向が決まっていたことを冷ややかに思い出すのです。その距離感が、巧みです。

本作を翻訳した天野健太郎は、「呉明益の平易で、かつしっかりとした透明感のある文体は淡々と人物、会話、風景を描写し、でも最後、なにかがこぼれ落ちたように、たしかに心をうつ。」と解説しています。

「たしかに心をうつ。」 ホント、そうなんです。

「わたしは浴室に向かって叫んだ。ねぇ、服借りていい? いいよ、右手の戸を開けると、シャツが入っている。わたしはクローゼットを開けた。するとそこにゾウがいた」

という不思議な描写で幕をあける「ギラギラと太陽が照りつける道にゾウがいた」という小説には、読者の心をうつ、何かが潜んでいます。昨今、簡単に号泣させたり、感動させたりする小説が多いのですが、そんなレベルとは遠く、忘れていた自分の心の痛みや、甘酸っぱい後悔を思い出す傑作短編が並んでいます。

絶対、オススメです。