映画「ジョーカー」を監督したトッド・フィリップスは、賢い人です。

主人公ジョーカーは、コミックのヒーローバットマンに登場する悪役です。映画化された「バットマン」シリーズにも登場し、「ダークナイト」では主人公バットマンを凌駕する悪役ぶりを見せてくれました。おそらくハリウッドの資本家たちは、もう一回ジョーカーで儲けようとして、バットマンの登場しないスピンオフ企画で、本作を制作する事にしたのではないでしょうか。監督は、それを逆手にとって現代の黙示録とでもいうべき作品を作り上げたのです。結果、ヴェネチア映画祭でグランプリを獲得しました。

本作はコミックに頼らず、全くのオリジナルストーリーです。大都会の片隅に暮らすアーサーは、ボロアパートで年老いた母親の面倒を見ながら、派遣のピエロスタイルの大道芸人の仕事でなんとか生活しています。仕事中に街のチンピラ小僧たちに袋だたきにされる、気の弱い青年でしかありません。彼が生活するゴッサムシティという都市の環境は最悪。ゴミが方々にあふれ、ネズミが徘徊しています。政治は富裕層に都合のいいようになっていて、公共サービスは完全に麻痺しています。心に病を持つアーサーは、福祉サービスも受けられません。

そんな彼が偶々、知人から預かっていた拳銃で人殺しをしたところから豹変していきます。地下鉄で起こる殺人事件のシーンは、最も映像表現に抜きん出でいます。点滅する照明の中、行われる殺人は、怖い、の一言です。

監督は、映画に現代の暗闇の部分を全て放り込んでいます。環境問題、政治の腐敗、さらにはアーサーが幼児期に親から受けた虐待、ネグレクト。そして障害者として白い目で見られた差別等々。もはや、アメコミのダークヒーロー活劇とは呼べません。そんな彼が、この殺人をキッカケに世間に持ち上げられ、多くの人々がピエロの仮面をかぶって略奪、破壊、暴力の快感に身を任せていきます。暴走する民衆とでも言うべき展開です。

私たちの、今生きているこの社会も似たり寄ったりです。袋小路で迷走し、貧苦に喘いでいる時、狂信者の登場で、世界の歴史が大きく変わってしまったことが過去にあった事は誰でも知っています。ジョーカーみたいな人物が、いつ登場してもおかしくありません。心底、ぞっとする映画ですが、ぜひご覧いただきたい一本ではあります。

 

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