出版ジャーナリスト石橋毅史が、ソウル、台北、那覇、日本で取材した本屋たち。その本屋が、実はそこに暮らす人々の自由を支えてきたことを伝える「本屋がアジアをつなぐ」(ころから/新刊1870円)は、アジアに生きる人々の今を伝える傑作ノンフィクションです。

韓国、台湾、そして香港の本屋には、社会的メッセージを発言するところが、数多く存在します。店主たちは、言論と表現の自由を守っている役割が与えられていることに自覚的です。

「韓国と台湾は、1980年代後半まで言論・表現の自由がなかった。政府が直轄する機関の検閲を受けずに本を出せるようになってから、まだ30年しか経っていない。」だからこそ、店主たちは敏感になると著者は言います。

とりわけ台湾の書店は、環境問題、人権侵害、先住民族への支援、性的マイノリティへの差別反対などに、直接的間接的に関与している書店が多いそうです。2015年、著者が訪れた台湾の小さな書店には、どこもこんな垂れ幕が下がっていました。

「反核 NomoreFukusima  不要再有下一福島」(不要再有下一福島は、もう一つの福島は必要ないの意味)

独裁政権下、監視の目を掻い潜って禁書扱いされていた本を売っていた露天商の本屋が沢山ありました。そこでは客を装った政府のスパイか、本当にその本を読みたい読者かを見極めながら本を売る、という極めて緊張した関係が続いていました。そういう人たちのおかげで、民主化されて表現の自由を獲得した今の台湾がある。その精神を小さな書店は持っているのです。

かつて台湾にあった銅羅湾書店を営んでいたリンロンチーという人物が登場します。中国政府を批判する書物を販売したために、拘束され、数ヶ月間尋問を受け、銅羅湾書店の顧客名簿を出すように要求されます。偽のPCを渡してその場を脱出したリンは、今でも「逃亡者」です。彼は、こんなことを語っています。

「本とお客を裏切ってはいけない。これだけはずっと思っていた。誰もが自由に考えを主張する権利があること、それを、自ら手渡してはいけないということを、私は本に教わった。本を買ってくれたお客さんのことも、絶対に売るわけにはいかなかった。私に勇気がなくても、それだけはしてはいけないことだった。」と。

しぶとい本屋が多い!ということを実感させてくれる一冊でした。では、日本の本屋はどうなのだ?

ということで、明日は、ヘイト本とそれを販売する本屋の状況に切り込んだ永江朗の「私は本屋が好きだった」をご紹介します。

今週は昨日の「新聞記者ドキュメンタリー」から硬派ブログの釣瓶打ちですよ〜。