フレディみかこ著「ぼくはイエローで、ホワイトで、ちょっとブルー」(新潮社/古書950円)は、イギリスの中学校に通う息子と、彼の言動を見守る母親の日常を綴った一冊です。高橋源一郎が、帯で「自分たちの子供や社会について考えざるをえなくなる」と評価していますが、まさに差別、偏見、貧困の中を生き抜く中学生達の日常を通して、イギリスの教育システムの明暗が、そして私たちが生きる私たちの社会のあり様が見えてくる傑作ノンフィクションでした。

カトリック系の小学校を卒業した子供は、普通はそのままカトリック系の中学に入学するのが常識なのですが、母親は、あえて白人労働者階級が通う公立小学校に息子を通わせます。その中学校は、学校ランキングで底辺を彷徨っていたのが、最近ランクの真ん中あたりまで上がってきた事実に、興味の湧いた母と息子が、学校見学会に向かうところから二人の物語が始まります。

英国の中学校には「ドラマ(演劇)」という教科があるそうです。何も俳優養成のためではなく、「日常的な生活の中での言葉を使った自己表現能力、創造性、コミュニケーション力を高めるための教科なのである」から驚きです。

彼はその教育過程でミュージカルに参加してゆくのですが、ここで様々な民族的差別に遭遇します。多くの移民が暮らす一方、保守党の緊縮財政政策で白人社会に広がる貧富の格差。この二つが、常に本書に流れています。けれども、堅苦しい現状報告に終わらず、母親の息子への信頼と愛情、そして尊敬が巧みにブレンドされていて、読む者を疲れさせないところが秀逸です。著者のユーモアのセンスも抜群で、「今日ね、こんなことが学校であってね……..」みたいな会話を聞いているようです。

人種差別丸出しの美少年や男か女かジェンダーに悩むサッカー少年がいたり、暴力が飛び交う日々なのですが、パンクな著者と冷静で分別のある息子が、共に悩み、混沌とした日々を生き抜いてゆく様子は、小説以上に面白く、「う〜む、そう考えるか」とこちらも巻き込まれていきます。

「多様性ってやつは、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃないほうが楽」なんて息子の台詞には、確かにそうだよな、難しい問題やなぁ〜と考えてしまいましたね。極めて私的でありながら、普遍的な親子の成長物語です。

おそらくこの親子は、閉塞感100%の日本の教育界では窒息死してしまうでしょう。失点続きの文科大臣にも、ぜひお読みいただきたいものです。