辻原登の短編集「遊動亭円木」(文藝春秋/古書900円サイン入り)は、落語家が主人公の連作短編集です。物語全体を噺家が語って聞かせるような感じで、一編読むごとに美味しい日本酒をちょいと一杯引っ掛けたい気分になります。

噺家だった遊動亭円木は、目が見えなくなって、高座に出ることが出来なくなり、妹夫婦の家の居候になっています。ある時昔の贔屓筋から、「あんたに、むかしほら、一度は行ってみたいといっていた大相撲の升席をさ、あんばいしたからさ。いえ、あたしゃ行かない。円木さん、ひと枡、あんたの好きなように使ってくださいな」と大相撲の招待券が送られてきました。そして、夏場所の帰り道、近所の金魚池にはまってしまいます。

「のたりと、大きな赤白まだらのランチュウが目の前をよぎった。いる、いる。一尾みつければ。あとはいくらでもみつかる。寿命を超えて、深い水底で、二十センチ、三十センチの大きさになった地錦や出目きんや水泡眼が悠然と泳いでいる。」

最初の物語で主人公死んじゃうの? そんなことはありません。ここからが面白いのです。彼の周りに集まってくる人たちの奇妙でおかしく、ちょっと妖艶で、そして悲しい物語が始まります。以前、著者の本をブログで紹介した時、「読む者をどこに連れてゆくのか皆目わからない不思議さがあります。」と書いていましたが、本作でもまた不思議な世界へと誘ってくれます。

物語の語り口が、落語調なんで、落語好きに人のはオススメです。江戸前の話ですが、上方落語のこともちらっと登場します。

「どこか締め切ったような三味線の音と、しぼり出すような細い声のうねりに、円木はすっかり身をゆだねた。しんから意気阻喪した。ふらつくような足取りで外にでた。若葉が吹き出した、高いこんもりした欅並木の霊厳寺の通りはたそがれで、踏み出した円木の足裏から三味線の音が立ちのぼり、口からは、まるで流しのように思わず声がでた。」

こういう文学的情景描写表現を味わいながら、辻原ワールドをお楽しみください。

 

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