小川洋子の「約束された移動」(河出書房新社/古書1100円)は、人が、モノが移動することをモチーフにした作品を中心に、6篇の物語が詰まっています。ますます、磨きがかかってきたなぁ〜とため息をつくばかりの傑作集だと思います。

タイトルになっている「約束された移動」で、動くのは本です。主人公は大きなホテルに勤務する客室係りの女性。このホテルのロイヤルスイートの部屋には千冊にも及ぶ本が置かれています。

「そこには千冊を超える本がお行儀よく出番を待っていた。その前に立つたび、私は思わず手を止め、うっとりと背表紙を眺めた」

その時間をヒロインはこよなく愛していました。この部屋に人気上昇中の俳優Bが宿泊し始めました。Bが、本棚から一冊本を抜き出していることを彼女は発見します。

「ちょうど一年後、再びB が宿泊した時に消えたのは、コンラッドの『闇の奥』だった。はっきりした理由は自分でも説明できないままに、書棚を見る前から、きっと今度も本が持ち去られているだろうという予感がしていた。」

彼女は、他の人にわからないように、本棚を整理して、Bが持ち去った本を本屋で買い、家で読み始めます。彼が宿泊する度に一冊の本が消えていき、彼女は、そこあった本を買い求めるということが日課へとなっていきます。本を通して、彼女とBの関係のあるような、ないような時間が流れていきます。タブッキ「インド夜想曲」、シリトー「長距離ランナーの孤独」、テグジュベリ「夜間飛行」、グレーアム「たのしい川べ」………。Bはなぜ一冊だけ持ち去るのか?本好き、映画好きにはワクワクする展開です。

この作品集の巧みなところは、「移動」をダイレクトに表現していないとことです。本名ではなく「ママの大叔父さんのお嫁さんの弟が養子に行った先の末の妹」という長すぎる続き柄で呼ばれていた女性のことを語った「元迷子係の黒目」は、百貨店で迷子係りとして働いていた彼女が、店内を移動すること、家で飼っている熱帯魚の泳ぎが重なってモチーフとなっています。

6篇の中でも、上手い!と感心したのは「黒羊はどこへ」です。ひょんなことから、黒い羊のいる託児所の園長になった女性と子供たちの交流を描いた物語ですが、小川洋子が初期の頃に持っていた不気味で、幻想的な世界がここにはあります。ラスト、亡くなった園長の葬儀で人々が喪服に身を包んで行進するシーンあたりから、事実なのかそれとも幻想なのかわからないようなエンディングへと向かうところなどは、彼女の真骨頂ではないかと、思っています。

オススメです。