大阪谷町六丁目に隆祥館書店という、創業70年の歴史のある町の本屋さんがあります。創業者は二村善明氏。織田作之助やマルセ太郎、そして梁石日が学んだ大阪府立高津高校で高校生活を送ります。自由な校風の高校の夜学に通いながら、善明氏は母親と共に小さな本屋を始めます。そして今、この本屋さんが大きく注目され、多くの作家から愛されるようになりました。その70年の歴史を綴ったのが木村元彦「13坪の本屋の奇跡」(ころから/新刊1870円)です。

善明氏は神戸尚子さんと結婚し、家族経営で町の本屋として一生懸命働きます。しかし、小さな本屋に対して、問屋である取次会社は、差別的な配本を平然と行います。読者の元へ本当にいい本が届けられない現状に業を煮やした彼は、不公平是正の戦いを挑んでいきます。そして、勝利を得ます。まぁ、これだけでもこんな凄い書店員がおられたことに驚きますが、本当に尊敬すべきことは、実はその上にあります。

新刊本屋の凋落が激しさを増した2011年に、お客さんと作家が交流できたらと、「作家と読者の集い」を開始します。(小さな本屋に作家を呼んでくるだけでも、相当な努力が必要です。)第一回に呼ばれたのは百田尚樹氏でした、その時、彼は戦争の悲惨さを語って、戦争を繰り返してはならない趣旨の話をしたそうです。

しかしその後、この作家が慰安婦問題や南京虐殺の事実を否定する発言を繰り返したことに、善明氏は、「何だ、あの発言は!歴史に向き合わんとあかんやろ。もうあんな作家の本は売るな。」と、妻や、店で働いていた娘に言い放ちます。その後、百田はベストセラー作家の地位を確立します。周囲から、今、呼んだらお客さんが沢山来られるという意見もありましたが、それは二度とありませんでした。

売上げが下がる一方の店の現状を考えれば、店に売れっ子作家を呼べば、売上げにつながることは間違いありません。でも、善明氏はしなかった。本が単なる消費財ではなく、文化財であることを自覚していた彼に頭が下がります。

現在、お嬢さんの知子さんがお店を引き継いでいます。彼女の本への情熱は凄まじく、これと思った本は、万難を排して初回配本をもぎ取ってきます。それも、ベストセラー間違いなしの本を集めるのではなく、今読むべき本、これからの時代を見据えた本、作家の良心が溢れてている本を選び出します。そして、そういう作家を「作家と読者の集い」の招聘するのです。反原発を提唱し続けたきた科学者、小出裕章氏もその一人でした。この会の参加者は多く、近くの関西電力上本町ホールでやってしまいます。関電の施設で反原発のトークショーやるなんて、いい根性です!(彼のトークも収録されています)

本書の最後には、「作家と読者の集い」の2019年までの記録が載っていますが、錚々たるメンバーです。大きな書店ではなく、わずか13坪の本屋が続けているのです。知子さんの見識の深さと実行力、そして熱意と愛情が、多くの人々の支持を獲得しているのです。その姿勢を見ていると、本屋は本を売るのではなく、信頼を売るのだという言葉がリアルに迫ってきます。

ちなみに、彼女は元シンクロナイズドスイミングの選手で、アジアで多くの選手を育てた井村雅代氏の薫陶を受けています。「作家と読者の集い」での、お二人のトークが収録されていますので、ぜひお読みください。「選手の限界を決めるのは、選手個人ではなく、コーチの私だ」なんて言葉には迫力があります。