先月京都市内にオープンした映画館アップリンクに、一昨日初めて行きました。ギリシャの北に位置する北マケドニアで作られたドキュメンタリー「ハニーランド永遠の谷」を観るためです。

主人公は、首都スコピエから20キロほど離れた電気も水道もない谷間にある村で、寝たきりの盲目の老母と暮らす自然養蜂家の女性です。村には、この二人以外他に誰も住んでいません。3年の歳月、数百時間の撮影を経て、彼女たちの日々を見つめた作品です。ただただ、圧倒されました。

「半分はわたしに、半分はあなたに」

これは、彼女の養蜂の基本的スタンスです。できあがった蜂蜜の半分は私がいただくけれど、半分はハチに返す。そのことで微妙な自然体系の維持を可能にして、自然と共に生きていることを彼女は熟知しています。でも、生活は苦しいし、お母さんは、ひたすら寝ているだけです。たまに彼女が街に出て、蜂蜜を売ったお金で買ったバナナを口に入れるだけ。私たちの感覚からすると、極めて貧しく見えるのですが、彼女はそうは思っていません。蜂と共に生きることが彼女の人生なのです。

しかし、彼女の平和な生活は、エンジン音とともに7人の子供と牛たちを引き連れてきた一家が、隣に越して来たことで、徐々に変貌していきます。この家族が悪者なのではありません。幼子も、年長の少年も、両親と一緒に牛を追い、養蜂場で働きます。死んでいった、或いは今にも死にそうな子牛を死体処理場まで担ぎ上げ、蜂に刺されながら蜜を取る仕事をとる作業をこなす子供たちをカメラは捉えます。

 子供たちの学費、生活費のためお父さんも必死です。だから、出来上がった蜂蜜もすべて売ってしまいます。行き場を失った蜂たちが、彼女の養蜂場に侵入し、死闘を繰り広げ、殺し合いを重ね、彼女の巣は全滅状態になってしまします。

「もう、なにもない」呆然とする彼女。さら追い討ちをかけるように、年老いた母が亡くなります。ロングショットで捉えた彼女の家と、誰もいなくなった村に彼女の悲痛な叫ぶ声が響き渡ります。コヨーテが周りを徘徊する深夜、火をつけた木材を暗闇で振り回しながら、「悪魔よ去れ」と母の霊のために走り回ります。

しかし、ここからが力強い。最初のシーンで、彼女は落下したら即死するような急峻な山道を登っていきます。そこにも、蜂が巣を作っているのですが、再び、彼女は愛犬を連れてこの山を目指します。雪深い大地を歩む二人をカメラは優しく追いかけます。出来上がった蜂蜜の半分をもらい、愛犬にもおすそ分けしてあげます。誰もいないこの村で、最後まで、彼女なりの人生を全うするのです。

ラストシーン、遠くを見つめる彼女のアップに、人間の尊厳と強靭さが溢れています。国内外の政治家の品のない顔にうんざりする毎日ですが、人間ってこんな美しい顔になる動物なんだと再認識させてくれました。彼女の顔を心に焼き付けるために、何度も観たい映画でした。