三國連太郎(1923〜2013)という役者の名前から、若い方が思い浮かべるのは、「釣りバカ日誌」に登場する温厚そうなスーさんか、俳優佐藤浩市の父親か、あるいは三國自身のスキャンダラスな女性関係のゴシップあたりになるのでしょうか。しかし、彼は間違いなく昭和という時代のエネルギーを、凶暴に表現した名優でした。貧しい時代を生きぬき、殺人者の顔を隠して名士になった男の悲劇を描いた水上勉原作「飢餓海峡」、日中戦争下の中国で、利権拡大に血道をあげる財閥の汚い仕事を不気味に遂行する男を演じた五味川純平原作「戦争と人間」(出演は第一部、第二部)、そして建前としての武士道を完膚なきまでに叩きこわした「切腹」の家老が、私にとって、映画俳優三國連太郎ベスト3です。

宇部宮直子著「「三國連太郎 彷徨う魂へ」」(文藝春秋/古書1100円)は、老境に入った彼へのインタビューをまとめたものです。一人の役者と時代のこと、そして死の淵に立つ心境を語っています。

「撮り終えたシーンを翌日、撮り直してもらうこともあります。そうすると、苦虫を潰すような顔をされる方もいますが、苦虫は何べんだって潰すべきなんです。

フィルムは無駄にした方が、勝ちだと思います。反感を買うこともありますが、人のために仕事をしようと思わないのです、僕。絶対に思いません。」

人のために仕事は絶対にしないという姿勢から、業界では扱いの難しい役者というレッテルが貼られています。

「僕は僕以外の人間に、僕の時間をもぎ取られるのは我慢できない」

自分を曲げず、押し切る。当然多くの人を傷つけてきたはず。業界に友人を作らず、いや接点を遮断してゆく。そんな男の人生の原点はどこにあったのでしょうか。

中学時代、学校のつまらなさに嫌気がさして家でぶらぶらしていたのを、父に見られ、殴られ追いかけられる。その時彼のとった行動が驚きです。

「僕は逃げて、それっきり、家に戻りませんでした。大陸へ行ったんです。目的があったわけではありません。ただ、行けばなんとかなりと思っていました。不安ですか?なかったですね」

そこからどんな人生が始まるかが、詳細に語られていきます。

傲慢不遜という言葉が当てはまるのが、こんな会話です。

「結婚は僕にとって、運命でも愛でもないんです。ひどい言い方かもしれませんが、端的に言えば、下宿生活に女が付いてという感じでしょうか」

流石に、著者は「不道徳極まりない、と思います」とやり返しています。しかし、それでもこの複雑な役者の凄みには惹きつけられます。

本書には、最後に佐藤浩市のインタビューが収録されています。彼が父親について語るのは珍しいと思います。「三国は、僕が小学五年生のときに、家を出ていきました。それ以前も、終始家にいる人ではなかたっので、生活を共にしている感覚はほとんどありませんでした。」

そして、病に伏せている三國に対して、佐藤はこう答えている「演者として立てなくなった時点で、三国は半分死んでいるんです。だから、僕は、彼を半分看取っていた。」

中身の濃すぎるインタビュー集でした。